900手間
火を消すようにバタリとミドルが前のめりに倒れる。
幸い吹き飛ばした時に斧を手放したおかげで斧に突っ込むと言うことは無かったが、受け身も取れずに顔面からいったが大丈夫だろうか。
ワシの拳を喰らい、水平に吹き飛んでおいて今更と思うかもしれないが、ワシの様に無意識に身体能力を強化しているならばともかく、ミドルの様に気合いを入れたりして強化する場合、意識を手放せばその瞬間強化は途切れる。
「うぉ、あ、救護! 救護できるやつぅうううう!!」
ミドルの巨体が地面と水平に吹き飛ぶさまを見て、固まっていた兵たちの一人が素っ頓狂な声をあげ叫ぶ。
その途端、アリの巣に水をかけたかのように辺りが騒がしくなる。
右往左往する兵に、駆け寄ってミドルの脈を取る兵、担架を持ってくる兵と様々だ。
「生きてるぞぉおお」
「当然じゃろう、手加減したのじゃから」
脈を取っていた兵が喧騒に負けじと声を張り上げるのを見て、ワシは呆れたように呟く。
骨の一本や二本くらいは仕方ない程度の手加減ではあったが、殴った時の手ごたえを見る限り、派手に吹っ飛びはしたが骨も内臓も問題ないはずだ。
流石に騒がしくしてるだけあって兵たちにワシの呟きは聞かれなかった。
しかし、ワシの近くに寄って来た隊長にはしっかりと聞かれたらしく、直接は何も言ってこないものの、こいつは何を言ってるんだろう見たいな顔をしている。
「ふぅむ、これはもうお開きかのぉ。ワシに挑もうという気概のあるもんはおらんのかえ」
「流石にそれは酷ってものだよセルカ」
「おやクリス、こっちに戻ってきたのかえ」
「どうせ結果は見えてたからね、結構すぐにこっちに向かってたから」
振り返れば、フレデリックを伴いクリスがやってきた。
こんな大騒ぎの中にやってきて大丈夫だろうかと思ったが、流石に訓練されてるだけあって既にミドルは運び出され訓練場には平静が戻ってきていた。
「我が隊、最強の男ですら手も足も出ませんか……」
「んむんむ、あれのマナによる身体強化はなかなかじゃったぞ、さらに精進すれば生半可な得物を防ぐくらいにはなるじゃろうて」
「へぇ、セルカが褒めるって珍しいね」
「そうかの? まぁ確かに、王国と神国で会った獣人は皆、不甲斐ない者ばかりじゃったしのぉ」
皇国を除けば殆ど出会わなかったこともあるが、ワシが目を見張るような獣人はミドルが初めてだ。
黒猫兄弟はミドルを超える能力を持っていたが、あれはズルというか外道なので勘定に入れるべきでは無いだろう。
そういえば黒猫兄弟は元気にしてるだろうかなどと、何やら獣人たちに詰め寄られている隊長を眺めながら詮無い事を考えるのだった……




