898手間
やはり平民だけの兵たちというのは皆陽気、悪く言えば柄が悪いとかだろう。
ワシとミドルが模擬戦をするにあたりあっという間に話が広がって、訓練場は何とも騒がしいお祭り会場のような様相を呈している。
周囲を囲むように観戦している彼らはワシらに声援とも野次ともつかぬ声を送ってくるのだが、何故かミドルには負けろだのなんだのと随分と口汚く、対してワシには怪我すんなよなどと温かい言葉を投げかけてくる。
それも当然だろうとは思う、目の前のミドルを改めてまじまじと見れば、その姿は一言で言えば熊の獣人に相応しい筋肉達磨とでも言えば良いだろうか。
流石に常に寒いこの国の住人だけあって薄着では無いが、防寒着の上からでも分かるほどの力を入れればメギメギと音がしそうなほどの筋肉だ。
むくつけきという言葉がこれ程似合う男と片や可憐な美少女とくれば、当然ワシを応援するのは当たり前の反応だろう。
ちなみにクリスとフレデリックは、何故かある貴賓席へと移動し兵たちの輪の中には居ない。
「ふむ、改めて聞くが、ワシに武器を持たせて良いのかの?」
「当たり前だ、俺だけオモチャの斧じゃなくマジの斧を持って、相手が素手だったら勝ってもこっちが恥かくだけだ」
「ふぅむ、まぁ、道理ではあるの」
そう言ってブンとワシが振るのは、成人の身の丈を優に超える長さがある、幅広の両手剣。
これもミドルの扱う武器らしいのだが、本人曰く鍛錬用の刃引きされたモノらしい、つまるところ筋トレ用のウェイトという訳だ。
何故そんなものをワシが握っているかといえば、単純にミドルの扱う斧と打ち合えるものがこれしかなかったから、通常の剣や槍ではミドルの膂力もあって簡単に折れてしまうそうだ。
「ひゅぅ、やっぱり見かけによらないな」
「見かけで舐めるのであれば、止めておくのが賢いのじゃ。最初から全力で来るがよい」
「元よりそのつもりよ!」
ワシが軽々と両手剣を扱うのをみてギャラリーは驚愕し、ミドルは楽しそうに口笛を吹く。
ワシの挑発を合図に、ミドルが斧を両手でギリギリと音がするほど握りこみ腰を低く構えて、撃ちだされるのを今か今かと待ち構える砲弾の如く足に力を籠める。
対してワシはさして力を入れることなく正眼に両手剣を構える、双方準備よしと見た隊長が片手を上げると先ほどまで騒がしかった周囲がしんと静まり返る。
「それでは……はじめっ!!」
隊長がブンッと勢いよく手を降ろすと同時、待ってましたとばかりにミドルが暴走した輓馬の様にワシに向かい突っ込んできた。
前に出る勢いを利用して腰を捻り後ろへと斧を脇の下の高さまで振り上げ、走る勢いを全く殺さずそのままひき殺すかのようにワシへと斧を水平に打ち込んできた。
ミドルの操る斧は薪割りなどに使うような生易しいものではなく、薪割り斧を二回りほど巨大化させ刃の両端を引き延ばした様な、三日月斧やらバルディッシュなどと呼ばれる立派な戦斧。
その威力は容易く人など両断できるほどだという、それを獣人の中でも恵まれた体格であろうミドルが扱えばどうなるか。
しかし、必殺のその一撃をワシは子供の振り上げた拳をとめるように容易く、片手で持った両手剣で受け止める。
重い金属同士がぶつかる激しい音が響き、ミドルは目玉を溢さんがばかりに目を見開き、ワシは試しが上手くいったとひそりと笑う。
「おうおうおうおう、なんだてめぇ、しっかりと根を張った大木でも切ったかのような手ごたえだぜ」
「くふふふ、ワシを大木になぞらえるとは、なかなか粋なことをしてくれるのぉ」
手が痺れでもしたのか、ミドルは斧の柄から片方ずつ手を放しプルプルと震わせながら呆れたようにそう呟く。
その言葉にワシは思い付きでやったが上手くいったことへの確信を深め、ますますしたりとほくそ笑む。
「しかし、手ごたえがおかしすぎる、なんつぅか重い重すぎる」
「ほほう、一合交えただけでそこまでわかるかえ」
流石にただの力自慢では無いようだ、あれだけの事でワシの試してみていることを言い当てて見せた。
とはいえ試しているといってもそう大仰なことをしている訳では無い。
やっていることは単純、変化の応用で自重を増やしているだけだ、ワシの唯一の弱点である体重の軽さを無理矢理消しているだけなのだが、先ほどの一撃を見る限りなかなか有用そうだ。
普通であれば重りなりなんなりで自重を増やせば動きが鈍る、しかしワシの身体能力をもってすれば何ら問題は無い。
しかし、しかしだ。
「じゃが、女性に向かい、重い、というのはなっておらんのぉ!」
「ぐっ、つぅ!」
いうや否やワシは踏み込み、ミドルの構えている斧の刃目掛けて両手剣を叩きこむ。
短く呻き声を上げながらもなんとかそれを受けきるミドルにワシは口角を上げ、何度も何度も剣を叩きこむのだった……




