895手間
昼食を終え、動きやすい服装へと着替えると、フレデリックそしてこの街の兵の隊長の案内で訓練所へと向かう。
「見学するだけだろう? セルカが着替える必要なかったんじゃないかな?」
「いやいや、獣人は基本的に強い者が好きじゃからな」
「それは、まぁ、獣人じゃなくても理解できる、けど、セルカが着替える理由にはならないんじゃないか?」
「む? じゃから確実に挑んでくるじゃろう」
「なんで強い者が好き即ち挑んでくる、なんだ」
「即ちでも無いのじゃ、立場や実力差を理解しておったら挑んでは来ん、挑んでくるのは腕試ししたい奴か、実力差を理解できん阿呆か、本物の阿呆だけじゃ。獣人において強さを計る力も重要じゃからの」
ワシがきっぱり言い切ると、クリスは苦笑いしワシらを案内している隊長は乾いた笑いを零す。
「そういえば、おぬしが未だ隊長をしているという事は、その獣人とやらよりもおぬしの方が強いのかえ?」
「セルカ、さっきと言ってることが違わないかい? 獣人において強さを計る力も重要なのは何処に行ったんだい」
「そうは言うがの、ワシの強さを一番高い山とするじゃろ? その麓で人が背の高さを争っておっても山にはさっぱり違いが判らん、そういうもんじゃ」
「私には理解できない話だ」
要は同じ山でない限り計る必要が無い、それだけ圧倒的な力を持っていれば計る力があろうがなかろうが意味が無いとも。
ある意味、己を高めたい者の頂点、憧れる場所だろう。
「発言をしても?」
「よい、許そう」
「ははっ。先ほどのエヴェリウス侯爵令嬢殿の疑問ですが、結論から申し上げますと負けました」
「ほほう、ふむ、そうかえ。あぁ、面倒くさがったの?」
先ほどから乾いた笑いを零していた隊長が、小さく手を上げて恐る恐る聞いてくるのをクリスが許可し、実に簡素に先ほどのワシの疑問へと答えてくれた。
「はい、同じ獣人の群れならばともかく、人の群れは面倒くさいからと……」
「獣人は強い者に従うからの、力を示しておけば逆らうことは無い。力を示さぬか先ほど言うたように、実力差を理解できん阿呆は容赦なく逆らってくるがの」
「それは何とも楽そうだねぇ」
「いやいや、ワシの様に圧倒的な力があるならばともかく、誰もが同じ木の背比べなんじゃぞ、油断しておればあっという間に足元を掬われるわ」
呆れた様子で言うクリスが一転、ワシの言葉でそれはそれで大変そうだと呟く。
そんな風に話している内に訓練場に着き、隊長が訓練場へと続く扉を開けたその瞬間、一人の獣人が飛んでくるのが目に入るのだった……




