883手間
構えてこそいないものの、その手に槍を持った騎士たちに、ぐるりワシの周りを囲まれる。
周囲を囲む騎士たちに若干遅れてやって来た一人の騎士が、小太り商人の下へと向かい説明する。
「すまないが、住民より通報があってね、見たことも無い巨大な獣が居るという事で囲ませてもらった」
「えぇ、騎士様のご懸念ごもっともですが、あれは暴れることなどしませんし、言葉すら交わせますので、安全かと」
「貴君の言いたいことも分かる、しかしこの街の、いや、この国の安全を守る者としては、貴君の言葉だけを聞くわけにはいかないのだ」
『んふふ、職務に忠実なのはよい事じゃ、しかし、ワシを見ても何とも思わぬとは、修行が足りんのぉ。フレデリックに言うて訓練を追加してもろうた方が、よいじゃろうか……』
「な、何故、近衛騎士団長殿の事をっ」
『無論、ワシじゃからじゃ』
ふふんと鼻を鳴らしてみても騎士たちは困惑するばかり、するとそこへワシの背に乗っていたシャーロットがおずおずとワシの耳へと耳打ちする。
「あ、あの、セルカさ、ん? 騎士様には逆らわない方が」
「お、お嬢さん、いま、何と?」
耳打ちといっても背の上から耳に届かせるには、普通に喋らねばならぬと思ったのだろう。
周囲が何事かとシンと静まり返っていたのもあり、シャーロットの言葉は騎士たちの耳へと届いたらしく、小太り商人と話していた騎士が代表してシャーロットへと問いかける。
「え、えっと、その……騎士様に逆らわない方が、よいと……」
「いや、その前だ、その、あー、お方を、何とお呼びしたかね?」
「え? セルカさん、と」
「あー」
シャーロットが困惑した様子で答えれば、周囲の騎士たちがざわざわとし始め、話しかけていた騎士が額に手を当て天を仰ぐ。
そしてちょいちょいと手を使い、恐らくは囲む騎士のリーダー格の者を呼びつける。
「私の聞き間違いで無ければ、あのお嬢さんはセルカと言ったな?」
「はい、私も聞いておりましたので間違いありません」
「同名という可能性もあるが、あのお方ならば喋る獣になるのも、さもありなんと思うのだが」
「畏れながらも私も同意見であります」
コソコソと喋っているがワシにはまるっと聞こえている、なんだそのワシならば仕方ない、みたいな言い方は。
ワシが内心で憤慨している内にも、全く内緒になっていない内緒話は続いてゆく。
「幸い、あのお嬢さんもセルカ様のことをご存じない様子」
「恐らくではありますが、平民は貴族のことを名前で呼びません。なのでセルカ様のお名前を知らないのではないでしょうか」
「なるほど、エヴェリウス侯爵令嬢とだけしか知らないのか」
「はい」
知っていたとしてもあの失礼な騎士たち以外で結びつける者は居ないのではないかと思うのだが、わざわざそれをここで指摘する訳にもいくまい。
流石のワシでも貴族だと名乗れば大騒ぎになることは分かっているので、シャーロット以外には名乗っていない。
三巡りもの間、盗賊団に囚われていたシャーロットはともかく、耳ざとい商人がワシの名前を知らぬ筈も無し。
敬われるならばまだしも、これ幸いと商談などを持ちかけられても面倒くさい。
「それにあれだ、九本の尻尾、まず間違いなくご本人か関係あるお方だ、とりあえず先触れを詰め所に送り近衛騎士団長殿に最終的な判断を仰ぎ、万が一の為に殿下には退避して頂くのだ」
「はっ」
どうやら話し合いは終わったようで、リーダー格っぽい騎士が敬礼をし、囲んでいる騎士の一人を呼び出して先触れとして送り出す。
『どうやら話は終わったようじゃな』
「お待たせして申し訳ありません。貴女様には騎士の詰め所に来ていただきたいのですが、その御姿です、街中を往けば騒ぎになることは間違いなく、お手まではございますが私どもと共に騎士用の通用門へと来ていただきますか?」
『んむ、ワシも騒ぎを起こすは吝かであるしの』
「はっ、ありがとう存じます、私はこの者と少し話がございますので後は彼らが。お前たち、くれぐれも失礼の無いようにな!」
騎士たちは実に迅速に命令に応じ、恭しくワシを先導し始めた。
そして迅速故にワシから降りる機会を逸したシャーロットと共に、ワシはクリスの待つであろう詰め所に入る為の通用門へと向かうのだった……




