882手間
街に近づけば、それだけ往来は激しくなりワシを見るなりギョッとする者が増える。
しかし皆一様に視線を動かすと、何かに気付き納得したように「あっ」という形に口を開け、チラチラとこちらを窺いながらも平静を取り戻してゆく。
これはアレだろうかワシから黙っていても溢れ出る人徳、いや狐徳が彼らを落ち着かせているのだろう。
「荷鞍を着けたままで良かったですねぇ、アレが無ければ今頃大騒ぎですよ」
『なんと、そうじゃったか』
ワシの背に乗るシャーロットがしみじみと言うので、ワシは内心冷や汗を流し何てことない風に言葉を返す。
先ほどのことを口に出さずに良かったと思いつつ、改めて人々の視線をたどれば、なるほど確かに荷鞍に目を止めてから、皆ほっとした様子を見せている。
ここはいっそ愛想よく尻尾でもかわいく振ってみるかと思ったが、普通の狐の尻尾と違いワシの尻尾は九本、しかももふもふ具合も圧倒的に上である。
しかもしれがキツネをゾウ程の体躯まで拡大した大きさだ、なにが言いたいかといえば凄まじく重い、恐らくズドン下ろせば人が殺せる位には。
そんな巨大な尻尾が九本、振ったら周囲は大惨事間違いなし、この案は止めようとそれからも詮無いことをつらつらと考えてゆく。
そんな事を考えてると街をぐるりと囲む立派な壁が見えてくる、相変わらずひょいと飛び越えれそうな高さだが、人や魔物、獣相手ならば十分だろう。
そして街に入るには検問があり、そこで人や商人が止められるので大きな街ほど入るのに時間が掛かる。
とは言え馴染の商人や住民は殆ど検査なく入れるので、自分たちはさっさと入れるとここに来るまでに商人の一人が豪語していたのだが。
今回はまるで重犯罪人でもここらに潜伏でもしているのかと思うほどの、長く厳重な検査をキャラバンは受けていた。
「何か、あったんですかね?」
『さてのぉ、あの盗賊団のいきの、奴らでも居ったんではないかの?』
「なるほど……」
危うく盗賊団が壊滅したのは内緒だというのに、生き残りなどと口走りそうになったが、何とか途中で言葉を切り替える。
シャーロットと何があったのかと予想しながら話していると、先頭で先に検査を受けていた者だろう、年若い商人の一人が興奮した様子でこちらへとやって来た。
そしてワシの隣を往く、このキャラバンのリーダー格の小太り商人の下へたどり着くと、ぐっと握り拳を作りながら、この厳重な警備の理由を語ってくれた。
「旦那、驚かず、いえ驚いてくださいよ、なんと、今、この街に、王太子殿下がいらっしゃっているそうなんです!」
「なんだって!」
年若い商人は勿体ぶったようにそう語ると、小太り商人はまさに年若い商人が望んだ反応を見せ、年若い商人は実に満足そうに笑っている。
ワシからすれば知っていた事だし驚くような相手でも無い、しかし背中に乗るシャーロットはそうでもなかったようで、器用にワシの背で立ち上がわざわざワシの耳元で叫ぶような悲鳴のような声をあげる。
道すがら今この国が王に頂くのは神王ではなく、王の位を賜った公爵家が王家として文字通りの王権神授をされたことを知っているので、あるが何とも変な驚き方だと耳をペタンと伏せ顔をしかめる。
「王太子ってえっと、王さまの息子ですよね?」
『そうじゃな、正しくは立太子をされた王の息子じゃな』
「神王さまの、あ、今は神様? から二番目に偉い人の子供?」
『さてのぉ、神様に偉いも何も、序列など付けるモノでは無いとワシは思うからのぉ、国で一番偉い人の子供と思うとけばよい』
「な、なるほど。そんな凄い人がこの街に」
そんな凄い人の所にこれから行くのだが、この子は大丈夫だろうとワシが首を傾げると、まるでそれを合図にしたかのように門の中からわらわらと、兵、いや装備から見て騎士たちが出てきた。
そしてワシを見つけると、何やらワシを指差しつつ叫び、あっという間にワシは騎士たちに囲まれるのだった……




