87手間
カトラリーがずらっと並んでいたことから予想はしていたが、本当にコース料理が出てきた。
幾ら豪勢にと宣言されてたとしても、まさか個人宅でコース料理が食べられるとはさすが貴族。
幸いカトラリーを使う順番は外側からだったので、すんなりと順応できた。
カルンと二人っきりでレストランに行ったときは料理の味なぞ頭に入ってこなかったが、今回はきっちり味わうことが出来た。
ワシが小食と言う事をカルンからでも聞いていたのか、どの料理も少なめに出てくるとはいえ本当にどれもこれもおいしくてぺろりと平らげてしまう。
晶石製のグラスで飲む甘口ワインに似た甘みの強いお酒も料理に非常によく合い、鉱石特有のひんやりとしたグラスの感触も面白い。
「うふふ、そんなにおいしそうに食べてくれたら、張り切って作ってくれた子たちも喜ぶわぁ」
「んぐ、どれもこれもおいしくて止まらぬのじゃ!」
口に入れていたお肉を飲み込み、楽しそうにワシを見ていたお母様に答える。
食事中はあまり話さないのか、あったとしても料理の感想を二言三言くらいで特に会話が弾むと言う事も無かった。
前世でもコース料理に縁があったわけでもなく、順番など詳しくは知らないがデザートが出てきたという事は終わりなのだろう。
そんな辺りでここからは歓談の時間と言う事か、以前飲んだコーヒーの様な飲み物を片手に皆好き好きに話し始めた。
好き好きと言っても話題の全てはワシとカルンの事なのじゃが…。
「そういえば、セルカちゃんとの馴れ初めを聞いてなかったわねぇ…」
「あ、それは私も気になりますね」
「自分も気になるね」
「うむ」
ふと思い出したかのように口にしたお母様の一言で、ケインお兄様とセイルお兄様も身を乗り出さんばかりに同意し、お父様も首肯している。
「うむ…今は坑道となっておるあの洞窟に行ったあと、その時一緒だったパーティと別れて一人旅をしておっての」
「一人旅!素敵だけど女の子一人で危なくなかったかしら?」
「並みの女の子ではないからの!問題はなかったのじゃ。それでぐるり一週して一度世界樹の麓の街に行ったあとこの街に戻って来た時に、以前一緒だったパーティにカルンが加わっておって、それが初めてじゃったのぉ… あの時はずいぶんとおどおどしておったと思ったが…」
今思い出せば自信なさげな顔も素敵じゃなとチラリとカルンを見れば、思い出しているのか恥ずかしそうにしていてそんな姿を眺めていると何本矢があっても足りないくらいだ。
「あの時はちょっと自信を無くしてた時期だったんですよ!」
「あらあら、じゃあそんな姿にキュンとしちゃったって事?」
「うぅむ?よく分からんのじゃ。パーティの奴らは露骨にくっつけようと画策しておったようじゃが、その時は特に気になっておった訳では無かったんじゃがのぉ…」
「うふふ、恋ってそんなものよね。それじゃカルンはどうだったの?いつからだったの?」
「えっ!僕も言うんですか?」
「もちろんよ、女の子だけに言わせるなんて不公平じゃない?」
「えー、あれは言ったうちに入るのかなぁ…」
「女の言葉と男の言葉じゃ重みが違うのよ?」
「はぁ…僕はその…初恋で一目惚れでした」
「片や初恋で一目惚れ!片や相手を意識してない子!そこから巡り巡って結婚へ!くぅ、燃える展開ね!それでそれで?」
やはり古今東西どころか世界を超えてすらもこういう話題に喰いつくのは女性のようで、いつの間にかメイドさんも寄ってきて熱心に聞いているようだった。
「と言ってものぉ…それから一緒に旅をしてプロポースをされてじゃったからのぉ…惚れとるとは思うのじゃが未だによくわからぬ」
「ねぇセルカちゃん、プロポーズされたときどうだった?感情とかがね?」
「う…うむ、うまく言葉に出来ぬのじゃがこう色々溢れて抑えきれんかったのじゃ」
「うふふ、大丈夫大丈夫、それはばっちり惚れて心の底から恋してるわ。だって好きでもない人からのプロポーズなんて何の感動もないもの」
「そ、そうじゃろうか」
「あーもう!照れてはにかんだ表情に片方だけ垂れた耳!かわいい!かわいすぎるわ!さすが私の息子ね見る目が違うわ、カルンよくやったわ!ケイン!セイル!あなたたちもセルカちゃんほどかわいい子…は無理だろうけどいい子を捕まえなさい!」
自分たちから気になると言っておきながら、身内とは言え他人の恋バナはつまらなかったのか、のんびりと飲み物に口を付けていたお兄様二人が突然の指名にごほごほと咽る。
「む、無理って酷くないですか母さん」
「あ…あぁ。そうだ、兄さんの言う通りだ」
「いえ無理ね。見てみなさい、あの気の強そうな子が見せるはにかんだ表情、そして感情に合わせ可愛らしく動く耳にもふもふの尻尾!これに勝てる逸材を今まで浮いた話一つない貴方たちが見つけられるとでも?」
「ぐっ!確かに同じくらいかわいい娘は無理でしょうがきれいな人くらい…」
「あ…あぁ」
「ふふふ、貴方たち二人…いえ、カルンも証明されたから三人ね。きれいな子よりかわいい女の子の方が好みだってバレバレなのよ!何てったってこの人の子供なんだもの!」
今まで我関せずだった所に突然の攻撃、さすがに咽たりはしなかったがお父様の動きがぴたりと止まる。
確かにお母様はどちらかと言えばかわいい系の人だ、見た目も言動も。
しかし、お兄様達の年齢だとそろそろかわいいと呼ばれる子に手を出すとロリコンの誹りを受けるのではなかろうか…。
「ぐぬぬ、しかし…カルンに一歩リードされましたがま、だまだ若いですから大丈夫ですよ」
「何を言っているの?カルンは恋人を連れてきたわけじゃ無いのよ?奥さんを連れてきたのよ。あなたたちも早く結婚して私達を安心させなさい。じゃないとカルンに家を継がせるわよ?」
親からの結婚攻撃もどこも一緒かという事も今はどうでもよく、奥さんという一言に舞い上がり顔が自然とにやけてしまう。
どこからかギリギリと何かがこすれる音が二つ聞こえるようだ。
結局お母様の結婚攻撃を哀れに思ったのか、お父様の一声で楽しかった晩餐は終了となり、その後カルン達男性陣が先にお風呂に入るので採寸の続きをして、男性陣が上がったと言うライニの案内で浴場へ行き、お母様と一緒にお風呂に入ることとなった。
母娘のスキンシップがあった程度で問題なくお風呂から上がり、待っていたメイドさんの案内でこれから寝泊まりする部屋へと案内される事となった。
「それじゃ、セルカちゃんおやすみー。存分に楽しんでね?」
「うん?おやすみなのじゃー」
「それではセルカ様、こちらへどうぞ」
「うむ」
二階へと上がり暫く進み一つの扉の前でピタリと止まる。
「こちらが今日よりセルカ様のお部屋でございます」
「うむ、ありがとうなのじゃ」
「何かありましたら遠慮なく我々にお申し付けください。それでは私めはこれで失礼いたします」
「おやすみなのじゃー。さてどのような部屋かのぉ…う?」
お屋敷に泊まると言う初めての体験にわくわくしつつ扉を開けると、客室と言うには生活感がありすぎる部屋に思わず首を傾げる。
「あ、セルカさんお風呂あがったんですね」
「うん?カルンがなぜここに?」
「えっとここは僕の部屋…だったんですけど、今日からは僕たちの部屋として使えと父さんが…夫婦なのだから同じ部屋同じ寝台で寝なさいと………えっとつまり…」
「務めを果たせと言う事じゃろうのぉ…」
「嫌…ですか?」
「嫌なわけなかろう!しかし、今日こそは勝たせてもらうのじゃ!」
「勝ち負けのあるようなものじゃない気が…」
「いいや、ワシが勝つのじゃ!勝負じゃ勝負!」
そうして今日も今日とて勝ち目の無い戦いへと赴くのだった。
10万アクセスありがとうございます!
数字一つ一つがとても励みになります。
読んでいただくだけでやる気が満ちるのですが。
評価、感想、ブックマーク等していただければさらに頑張れますのでよろしくお願いします!




