881手間
特に何事も無く終わった野営だが、明け頃から崩れ始めた天気により、一気に慌ただしい雰囲気となってきた。
かといってワシに出来ることなぞ無いし、そもワシには関係のない事なのだが。
変化前でも風に飛ばされそうになるのを気をつけるくらいだったが、今の姿だとその風のすらもう気にする必要が無い。
木々を薙ぎ倒す颶風の中ですら、泰然と歩けるに違いない。
などと呑気に考えている内にも、傭兵や商人たちは頬に当たる雪が痛いなどと文句を垂れながら、テキパキとした慣れた様子でテントを畳んでゆく。
『ふむ、この雪の中出るのかえ?』
流石に木々を薙ぎ倒すほどの風では無いが、木々の雪を払い落すには十分な強さの風が吹き付けている。
当然降りしきる雪は横殴り、更には風が舞い上げる地吹雪も合わさり、何か作業する分には問題ないが、どこかへ行こうとするのならば確実に遭難するのは間違いないほどの荒れ具合だ。
だというのに彼らは出発の支度をしている、何か当てがあるのか、でなければただの自殺志願者だ。
「あぁ、これ以上風が強くなるとやばい、この少し先に狭いが丘に囲まれた風除けに良い地形がある、そこまで行く」
『なるほど、しかしこの雪じゃそこまでたどり着けるのかえ?』
「こういう時の獣人どもだ、あいつらは雪ん中でも方向は見失わねぇ、丘までの間に川や崖は無いし方角さえあってりゃこの雪だ、どこ歩いたってかまやしねぇ」
何とも男らしいというか思い切ったと言うべきか、そんな彼らを見捨てるのは容易いがそうなっては寝覚めが悪い、万が一の時は皆倒れるかもしれないが、ワシが雲ごと雪を散らすとしよう。
「よし、そいじゃ嬢ちゃん、ちと寒いかもしれんが馬車の中に」
『いや、彼女はワシが連れてくのじゃ、ワシの毛の中に埋もれておれば暖かろう』
「わかりました」
野営の道具やテントを仕舞い終えた傭兵が、ワシの足の影で雪や風を凌いでいたシャーロットに声をかけるが、その提案をワシが切って捨てる。
流石に外のふきっ晒しよりはマシではあろうが、暖房など何も無い馬車の中は寒い、そんな所よりも多少息苦しいかもしれないが、もっふりとワシの背に埋もれた方が暖かいのは間違いない。
そう提案すればシャーロットは逡巡することなくワシの言葉に頷いたので、ワシはしゃがんでシャーロットを背に乗せる。
『こちらはいつでも良いぞ』
「分かった、行くぞ! 出発だ!」
傭兵の号令一下、キャラバンが吹雪の中を進み出す。
この中で一番の貧乏くじは馬車の中に入ることも出来ない馬たちだろうが、彼らはいつもの事なのか特に不満げな様子も見せずに、しっかりとした足取りで馬車を引いてゆく。
流石、立派な体躯の馬だけあって、こんな吹雪の中でも普段と遜色なく馬車を引く健気な働き者だが、働き者は他にもいたようだがこちらは望まれない働き者。
吹雪に乗じてこちらを襲おうと窺っていた魔物か獣だろう。
とは言え積極的に襲い掛かるというよりも、脱落したモノをかっさらって行こうと考えた、狡い奴だけあってワシが気付いているぞとばかりに睨みを利かせれば、集っていたハエを追い払うよりも容易く散ってゆく。
その後は懲りたかそれともこんな吹雪の中で狩りをしようとする阿呆はいなかったか、何事も無く丘に囲まれた野営地へと着き、そこでで吹雪を凌ぎ一日遅れでキャラバンの目的地、そしてクリスの待つ街へとたどり着くのだった……




