879手間
夕食も食べ終わり、ゆるゆると寝支度を始める者と見張りの早番の者とに分かれる。
といっても分かれるのは傭兵だけで、商人たちは皆寝支度に入っているのだが。
それにしては見張りの者たちの緊張感が無いというか、それこそキャンプファイヤーを囲み、夜通し語り明かそうとでも誰かが言い出しそうな雰囲気さえある。
まだ陽は落ちてないのでヒューマンの目でも周囲を見渡せようが、すぐに宵闇迫る頃となりそうなればヒューマンの目には何も見えなくなってくるだろう。
『おぬしら、そんなにのんびりしておって良いのかえ?』
「ん? あぁ、どうせこの辺りは森も遠いから黒いオオカミは出ねぇし、豚鬼や小角鬼でもようやく犬どもが使えるようになったからな、すぐに気づいてくれる」
『ふむ』
傭兵の一人が話しつつ顎で示した方向を見れば、周囲を確認するように首を巡らしていた犬たちが、ワシが見ているのに気付き、まるで人の如くペコリと会釈する。
そしてそそくさと、さぼってるのを上司に見つけられた部下の様に、それぞれ分かれさぼってませんよと主張するかのようにキビキビと動き始めた。
『ワシがおるから大丈夫じゃと思うがの』
「まぁ、それでも契約って奴だ、万が一もあり得るしな。それに見張り順で体を慣らしてるからな、下手に変えると体調を崩しかねん」
『ふむ、何とも軟弱なことじゃ』
たった数刻寝るのがズレるだけで体調を崩すとは、何とも情けないと内心肩をすくめれば、話していた傭兵もその雰囲気を感じ取ったのか、わざとらしいコミカルな様子でやれやれとジェスチャーをする。
それにワシがいるのだ、そうそう豚鬼どもが近付いてくるとも思えないし、万が一来たとしても豚鬼なぞ物の数ではない。
だからといって全てワシに丸投げされても困るが。
そんな事を考えつつ、その場に伏せくるりと丸まれば、おずおずとそこへシャーロットがやって来る。
「セルカ様、その、よろしくおねがいします」
『んむ、安心して寝るがよい』
そう言ってシャーロットはワシの丸まった中心へと入って来る。
なぜそんな事をしているのかと言えば、先に言った通りシャーロットがここで寝るからだ。
シャーロットが寝るにあたり、傭兵や商人どもがこぞって自分の寝るテントを一緒に使うといいと誘ってきたのだが、当然そのような誘いはワシが全てばっさりと断ってやった。
考えるまでも無い、誰がむくつけき野郎どもの中にシャーロットを放り込むというのだ、そもシャーロットは盗賊団から救い出したばかり、今まで特に問題なかったとは言え男所帯にどんなトラウマを抱えているか……。
一人ここまでの経緯を思い出し内心憤慨していると、シャーロットが恍惚の声を上げ、ワシは我にかえる。
「やっぱりすごく気持ちいいです」
『んふふ、そうじゃろうそうじゃろう』
腹側の毛は自慢の尻尾に負けず劣らずのもふもふ具合、ここに来るまでに何度かそこで同じ様にシャーロットは寝ているのだが、毎度毎度シャーロットは気持ちよさそうに過ごすのでワシの機嫌はすぐに上向きになる。
恍惚の声をあげていたシャーロットも、ここに来るまでにやはり相当疲れていたのだろう、すぐにその声は寝息へと変わりワシは彼女を起こさぬよう、そっと焚き火の光から彼女を隠すように尻尾で覆い、ゆっくりとワシも目を閉じるのだった…………




