878手間
火と水、火おこしと水くみという面倒の手間が省けたと、今日は楽できたと誰かが喜んでいる中、一人の獣人が困惑したようにワシを見上げる。
「本当によろしいので?」
『んむ、彼女の、シャーロットだけの分でよい、そもワシの腹を満たそうと思うたら、その小さな寸胴鍋一つでは足りぬと思わんかえ?』
「確かにそうですが」
料理番らしい獣人が、ワシにどの程度食べますかと聞いてきたので要らぬと答えただけ。
彼が困惑するのも分かる、野生動物であれば、そうでなくとも緊急事態であれば一食、二食抜く事はある。
しかし、どちらにせよ食べられるときに食べるのは当たり前、それを要らぬと言っているのだ。
ただ、困惑はしているものの、その表情は明らかにホッとしている。
それもそうだろう、このキャラバン、何人いるかは数えて無いがそれなりの人数が居る。
彼らの腹を支えるだけの大きさのある寸胴鍋であるが、今のワシの大きさからからすれば、ちょっと大きめのマグカップ程度でしかない。
幾らワシが少食とはいえ、今の体の大きさで食べればぺろりと平らげるのも容易い。
今晩のメニューはシチューのようなお粥のような、穀物と野菜くず、そして干し肉を煮込んだモノで、傭兵たちの野営料理といった趣の、少々粗野な料理ではあるが興味が無い訳では無い。
だからと言ってちょっと舐めるだけの量を貰うのも意地汚い、なればキッチリと断るのが良いだろうという訳だ。
「おう、嬢ちゃん、俺たちと食べないか?」
「そうそう、飯はやっぱ美人と食べるのが一番だからな」
ワシと料理番の問答がひと段落ついたところで、ここぞとばかりにむくつけき男どもがシャーロットと共に食事を取ろうと、エスコートとしては失格な酔漢のような口調で誘いをかけてきた。
『ふむ』
「残念ですが、彼女は先約があります。ここ最近のことを教えて欲しいと言われていますからね」
酒場の酔漢同様、下心が見え見えな彼らを追い払おうと、ワシが口を開く前に横からあの小太り商人が注目を集めるように、パンパンと手を叩きながら口を挟む。
「かぁっ! 昼間ッから旦那ばっかり、ずりぃよ」
「何時も言ってるでしょう、女性を誘うならばもっと紳士的にと、彼女は酌婦ではないのですから」
「しゃくふ?」
「酒場でお酌をしてくれる人の事ですよ」
傭兵との気安さからか、商人の男がポロッとこぼした言葉をシャーロットが拾い、しまったという顔をしながらも小太り商人は当たり障りのない答えを返す。
シャーロットもそれでなるほどと納得しているが、盗賊団に囚われていた以上はその手の事も心得たものだと思うのだが……、わざわざ彼女を貶めることも無いとワシは口をつむぐ。
「そんな事よりも、冷める前に食べましょう」
「そうですね」
小太り商人がシャーロットの分のシチューの器を料理番から受け取って促せば、シャーロットも特に酌婦という言葉に興味も無かったのか、湯気のあがるシチューの器を嬉しそうに商人から受け取りながら答える。
雇い主が近くに居れば流石に傭兵もシャーロットに無体は働かないだろうと、それでも一応気にはしておくかとワシはその場に丸まりながらも、しっかりとシャーロットたちの会話に耳を傾け、周囲の気配もしっかりと監視するのだった……




