876手間
獣人達は自分たちは変化出来ないと、そう必死に首を横に振っているのだが、どうやら傭兵たちは訝しんでいる様。
彼ら獣人達がこのキャラバンでどういう位置にいるかは知らないが、どの様な理由にせよ彼らが仕事を失う切欠を置いていく訳にはいかない。
『変化できるのは本当にごくごく一部の者だけじゃ、そも変化したとて熟達しておらねば役には立つまい、なれば人の姿のままの方が良いと言うもの』
「本当にそうなのか?」
『うむ、そも変化とは法術、魔法の一種じゃからの。マナの扱いに長けておらねばただ疲れるだけ、下手をすれば命を落としかねぬ』
「む、そうか……」
流石に命の危機があるとまで言われたら引き下がるを得ないのか、顎に手を当て少し考えたようだが傭兵の男はそれ以上追及しないことにしたようだ。
「するってぇことは、あんた含め変化できる獣人ってのは魔法の達人ってことか?」
『それもちと違うの、ワシに関しては正しくその通りじゃが、変化できる獣人はそれに特化しておる場合が殆どじゃからの、精緻な彫刻を作れる者が、精緻な刺繍を入れれる訳では無いのといっしょじゃな』
「う、うぅん? 俺は彫刻とか刺繍だかなんかはよく分からん」
『ふぅむ、剣の扱いが上手いからといって、槍の扱いも皆が皆上手い訳では無いというのはどうじゃろうか』
「なるほど、それならわかる」
最初の例えで頭にはてなを飛ばしていた男が、次の例えでなるほどとパチンと指を鳴らす。
だがすぐに頭を捻るので、何事かとその顔を覗きこむ。
「ってことは、あんた魔法使えるのか? 獣人なのに?」
『無論使えるが、何を言うておるのか、魔法を使う素地だけであるならば、ヒューマンより獣人の方がよほど高いのじゃ。と言うても魔法を扱うには才能が必要じゃから、そこは獣人であろうとヒューマンであろうと優劣はさして無いのぉ。』
「んんん? どういうことだ?」
ワシの言葉に傭兵たちや獣人たちだけでなく、いつの間にやら話を切り上げていたのか、シャーロットと商人たちまで興味深そうにしていた。
『んむ、素地が良いというのは単純な理由じゃ、獣人の方がその身に宿せるマナの量が多いのじゃ。さりとてさほど変わりがある訳では無いからの、魔法を使うためには素養を高める必要があるから、素地がよかろうとあまり意味は無いがのぉ』
「そ、そうなのか……」
「まぁ、魔法なんて貴族様のもんだしなぁ」
獣人と傭兵の男はがっかりしたような声を出すが、まぁそう甘くは無い。
それに魔法を使うには宝珠か杖が無ければ無理であるから、あまり希望を持たれても困るのだが。
『ふむ、ところで商人や、魔法を使うには杖が必要じゃが、それはおぬしらで扱っておるのかの?』
「滅相もない、杖を扱えるのは国に認可された極一部の職人だけ、商会が扱う事は禁じられているのですよ」
『ほほう、そうじゃったのか。ふむ、考えれば当たり前のことじゃったな』
杖という魔導具はいわばランプ、火の点け方さえ知っていれば誰でも火を灯せる。
無論マナという名の油の量が少なければそもそも火が点かなかったり、点いたとしてもすぐに消えてしまうが。
武器として拡大するよりも、魔法イコール貴族というイメージを守るためにそうしているようだし。
でなければクロスボウも、杖と同じようにもっと厳しく管理しようとするはずだ。
「あれ? でも魔法を杖無しで使っていましたよね?」
『ん? 前も言うたと思うが、あれは魔法では無く法術じゃ、似て非なるモノじゃな』
「それはどういう事なんですか?」
そこで口を挟んできたのはシャーロットだ、確かに魔法とワシの使う法術はぱっと見て区別が付かないのは致し方ない。
『魔法というのは例えるならば、馬車や荷車などを使うて物を運ぶようなもんじゃ、法術は己の力だけで物を運ぶようなものといったところじゃな。法術は己の力、マナだけで物を運ぶから、当然誰にでも扱えるがそう重いものは持てぬしすぐに疲れてしまうがの』
「という事は、私も頑張れば火口なしに火を熾せるように?」
『んむ、なれるの。ふぅむ、そうさの、指先に蝋燭程度の火を日に三回灯せれば上々といったところかの』
「えっ?」
『あぁ、シャーロットがという訳でなく、ここに居る皆が、の。三回使えば疲労困憊でその日は動くのも億劫じゃろうし、まぁ、わざわざ習うほどのことではないかのぉ』
「あれ? でも、ものすごい焚き火に一気に火を点けたりしてました……よね?」
『ワシは、の。ワシはおぬしらと元々持っておるマナの量が桁違いじゃ、力の強い者はより重い物を持てる、至極当然の事じゃな』
「あぁ、なるほど」
『んむ、野営でとくとワシの法術を見せてやるのじゃ!』
シャーロットはワシの法術を最初に見た時大層驚いていた、では傭兵や商人たちはどれほど驚いてくれるかと密かに笑うのだった……




