875手間
出発してしばらく、シャーロットは自ら馬の手綱を操る商人の隣に座り、どうやら自分が囚われていた間のことを熱心に聞いている模様。
小太り中年の商人も、まるで孫か子と話しているかのように、ニコニコと見るからに上機嫌でシャーロットに語って聞かせている。
実際、歳の離れ具合もそのくらいなもんだろう、商人の目には厭らしさというのもなく、ワシも安心して見守っていられる。
対照的に厭らしい、というかギラギラと目を怪しく光らせているのは周囲の傭兵たち。
とはいえシャーロットを微笑ましく眺めている商人たちも、ギラギラと狙うような目つきの傭兵たちも見事に男しかいない。
むくつけき男たちの中に、ポンと突然年頃の、しかも美人といって差し支えの無い女性が入って来ればそういう目になっても致し方ない。
幸いシャーロットは盗賊たちでそんな視線は慣れているのか、全く気にもしていないようだが。
だがしかし、慣れてそうといっても受けていて気持ちのいい視線では無い、ちょいと気を逸らすついでに傭兵たちに、ワシが気になっていることを聞いてみるか。
そう思い適当に近くを歩いている傭兵に声をかける。
『ふむ、そこな傭兵よ、おぬしらの馬車を引く馬たちは余程の軍馬なのかえ?』
「ん? いや、犬や魔物に怯えないよう訓練しちゃいるが、騎士様たちが乗ってるような馬に比べりゃ十把ひとからげさ。どうしてそう思ったんだ?」
『なに、犬が怯えて逃げたというに、そやつらは全く逃げる素振りが無いからのぉ』
傭兵たちが飼っている犬は、ワシに恐れ戦き役に立たないといっていた、だというのに犬よりもよっぽど臆病な馬たちが、ワシを一切恐れることなく歩いていると言うのはどういう事だろうか、と。
現に今もシャーロットが御者席に座っている馬車の隣にワシが付いているというのに、その馬車を引いている馬はチラチラとこちらを窺う素振りはあるが、その瞳には無論多少の恐れは含まれているものの、役立たずになるほどではない。
「言われてみりゃそうだな、いつもと大して変わらん、気がする」
『おぬしにも分らんかえ、それでは怯えたという犬はどこにおる?』
「あいつらならあそこさ」
くいっと傭兵の一人が顎で指し示すのは、シャーロットが乗る馬車の先を進む、幌が付いた馬車。
その後ろから幌から垂れるカーテンに隠れるように、荷馬車の縁に前足と顎を乗せこちらを窺う三匹の犬の姿が。
猟犬の様に元は精悍な面持ちの三匹なのであろうが、今はペタンと耳が伏せられ何とも表現し辛いなっさけない表情を晒してこっちをじっと見ている。
『なんとも情けない顔をしておるの』
「俺にゃ犬の表情なんてさっぱりだが、何となくアホ面晒してんだろうって事は雰囲気で分かる」
何故か自信満々に豪語する傭兵に同意する訳では無いが、確かにアホ面と言って差し支えないだろう。
だが実際に見てみれば、怯えている表情では無い、ような気がする。
じっとこちらを窺っている三匹をまたワシも窺っていると、今度は話していた傭兵がワシに聞き返してきた。
「そういや、あんたはオオカミじゃないとは思うんだが、犬、なのか?」
『ワシは狐じゃ! 確かに犬の仲間ではあるが、犬では無いのじゃ!』
「ほぉぉ、キツネってのはあんたみたいにデカく喋る様になるのかい?」
『いや、ワシは獣人じゃからな? この姿は変化したものじゃ』
「マジか、獣人やべぇな。おう、おまえらもこいつみたいに変化すんのか?」
傭兵が歩きながらくるりと振り返り、ワシを親指で指し示しながら聞いたのは、先ほど弓を止めようとした獣人の青年。
傭兵が聞いたように獣人の中にはワシの様な威容とまではいかないが、変化できる者というか種族がいるのは確か。
だがこちらではそんな話を聞いたことは無く、また彼らも知らないし出来ないのだろう。
聞かれた青年だけでなく、他の後ろに続く獣人達もぶんぶんと勢いよく首を横に振るのだった……




