874手間
しばらくスヤスヤと気持ちよく寝ていると、ぽんぽんと首筋を優しく叩く感触に起こされる。
伏せた姿勢から尻尾を天に突き出すように伸びをして、くぁああと大きく欠伸をする。
『話し合いは終わったのかえ?』
「はい、それで少々お願いが」
『なんじゃ、言うてみい』
「盗賊団の事なのですが……」
孫のお願いを聞くような気持ちで耳を立て聞けば、シャーロットは一度そこで言葉を区切り、喉より先に音が出てはいないのではと思うほどの小さな声で「黙っていて欲しい」と続けた。
「彼らは奴らの襲撃が心配と言うことなので、食事を提供する代わりに付いて来て欲しいと」
『ふむ、ワシを護衛代わりに使いたいということじゃな? しかし、こやつらはワシの接近をそれなりの距離から見つけた目があるのじゃから、別にワシは要らんのではないかえ?』
「あぁ、それなんだが、嬢ちゃんからも言われたんだがよ、見つけたのは俺らじゃなくて俺たちが飼ってる犬なんだ。嬢ちゃんは知ってたが、この辺りでは有名な黒いオオカミつって、見つかったが最後、誰かが喰い殺されるまで近づかれるのに気付かねぇって厄介な奴らさ」
『ほう、おぬしらにとってはアレはそういう類のモノかえ』
「そういう類ってのが何なのか分からんが、知ってるなら話が早い。飼ってる犬たちはそいつら対策なんだがな、黒いオオカミの持つある種の臭いというか気配ってなもんに反応するよう躾けてるんだが……」
『それにワシが引っかかったと?』
「引っかかったというか、怯えちまって使いもんになんねぇんだわ。ま、黒いオオカミ自体は森から出てくることは滅多にねぇ、一巡りの内に一回誰かが襲われたって聞けば多い方だ、こっちが集団だったら尚更襲ってこない、だけど犬どもにはそれ以外にも盗賊や魔物なんかの番もさせてたからな」
『で、シャーロットの話に戻るという訳じゃな?』
「そういうこった、嬢ちゃんは了承してくれたが、一応聞くがあんたは?」
『ふむ、どこまでじゃ?』
「俺らの目的地である次の街までだな、大体二日か三日ってとこだ」
『ふぅむ、その程度であれば構わぬのじゃ』
街と言うからには規模はそれなりなのだろう、クリスに持たせた魔貨の気配も一所に留まっているようなので、その街で補給かワシを待ってるのだろう。
なれば好都合では無いが、否やはさほどない。
「そりゃありがたい、じゃあ早速で悪いが出発していいか?」
『無論じゃ』
この出会いではこちらも向こうも足止めされた形になる、すぐの出発には否やなどあろうはずもない。
シャーロットを背にと思ったが、どうやら彼女は商人の馬車というか御者席に同乗するという。
ワシにとっては人一人の重さなど、砂粒が載ったか載って無いか程度の違いでしか無いが、何となく軽くなった気がする背を気にしながら商人たちが出発するのと共に、ワシも歩きはじめるのだった……




