873手間
眉間に突き刺さる矢、大抵は眉間を射抜けば即死か致命傷は間違いない。
やったか? なんて声が聞こえるが、残念それはやっていないふらぐ、というものだ。
傾ぐどころかたたらを踏みもしないワシを傭兵たちが訝しみ始めた頃、ワシの頭の後ろから「あああああ!」という悲鳴が聞こえた。
「だ、大丈夫です、ぎゃっ!」
恐らくは伏せていたシャーロトが何が起こったかと顔を上げ、ワシの頭に刺さった矢を見つけたのだろう。
立ち上がって矢を抜こうと慌ててワシの頭をよじ登ろうとして、荷鞍に繋いでいた縄がピンと張ってこけ、ワシの頭から転げ落ちた。
幸いワシの背からは転げ落ちなかったので、とりあえず無視して目の前の傭兵たちと話を着けよう。
『小僧や、気持ちは嬉しいが弓を引いておる者にいきなり触っては危ないじゃろう、ワシでなければ怪我をしておったところじゃぞ』
「しゃ、しゃべっ」
話しかけられた獣人の青年は耳と尻尾をピンと立て、目をまんまるにして驚き、弓を放った傭兵は愕然とした様子で二の句が継げていない。
何事かと様子を窺っていた商人や他の傭兵、荷運びの為だろうか、背嚢を背負った獣人達も皆似たような状態だ。
やはり素早く順応したシャーロットや、敢然と立つ向かってきた盗賊どもが異常だったのだろう。
『さても、ワシはさしておぬしらに用事は無いのじゃがな、シャーロットや』
「あ、は、はい、えっと大丈夫なのですね?」
『うむ、矢が毛に引っかかっておるだけじゃ。それよりもおぬしの用事を言わんかえ』
「はい、えっと、では少し伏せていただけますか?」
『うむ』
ワシが降り易いように伏せると、シャーロットはスルスルと慣れた様子でワシの背から降り、傭兵たちの下へと向かってゆく。
「初めまして、私シャーロットと申します、少し商人の方とお話したいのですがよろしいでしょうか?」
「え? あ、あぁ、そりゃあいいが。その前に、あれはあんたのペットかなんかかい?」
「えっ? いえいえいえいえいえ、そんな畏れ多い、私が盗賊団に囚われていたところを、この方に助けていただいたんですよ」
シャーロットがワシを誇らしそうに手で示すので、この姿ではうまく胸を張れないからその代わりに、自慢げにふふんと鼻を鳴らす。
そして当然、話を聞いていた商人や傭兵たちは、盗賊団という言葉に驚く事となる。
「お、お嬢ちゃん、この辺りに盗賊団がいるってのは本当かい?」
「え? え、えぇ……」
必死といってもいい形相で聞いてくる傭兵に、やや後ずさりつつもシャーロットが答える。
『なんじゃ、おぬしらここらの者では無いのかえ?』
「え? いや、ここら辺で商売してるが、ちょっとした追いはぎならともかく、団なんて言えるような奴らを知らなくてな」
急にワシから話しかけられ一瞬驚いたようだったが、何故か諦めのような表情をしてから、詳しく話を聞かせてくれた。
確かにちょこちょここの辺りでは盗賊や魔物の被害を受けていたという、だが魔物はともかく盗賊の被害に遭った者たちもそう大きな被害では無く、とても団などと言える者たちを維持するほどの被害は受けてなかったらしい。
『ふぅむ、シャーロットや、その辺りなんぞ聞いておらんかの?』
「さぁ、私は何も、あのアジトの中で世話をさせられていただけで、重要な話なんかは一切教えてくれませんでしたから」
『ふぅむ、それもそうじゃな』
シャーロットに聞いてみたが知るわけもなく、傭兵のリーダーらしき男が周囲の者たちを集め、今後の護衛のことを相談し始めた時、ちょっと小太りな如何にも商人ですと言った風体の中年に差し掛かった男がやってきた。
「情報提供ありがとうございますお嬢さん、恐らくではありますが、襲われた商人や傭兵などが口をつぐんでいるのでしょう?」
「旦那、それは何でだい?」
「盗賊と繋がってると噂されない為、ですかねぇ……。盗賊というものは、女を攫い荷を奪い男は皆殺しにするものと、そう街の者は思ってますから。そんな事をすれば即騎士たちが動くので、当然盗賊たちもそこまでバカでは無いので皆殺しなどするわけ無いのですが、大抵の者がそう思っている以上、下手に大規模な盗賊に襲われたけど一部の荷以外無事でしたなんて話が広まれば、あの商人は盗賊と繋がっているのではないか、などと口さがない者たちに噂されかねませんしね」
『ふぅむ、何とも阿呆な話じゃのぉ』
娯楽が少なく生まれた所から一生でない人たちからすれば、誰かが冗談で言ったことすらも面白おかしく揶揄する噂になりかねないと。
確かに、信用第一の商人や傭兵からすれば堪ったものじゃないだろう、なれば正直に話すよりも小規模な盗賊や魔物に遭遇し、僅かな荷や人を犠牲に逃げてきたと言った方が良いと考えてもおかしくはないか。
詮無い事をワシが考えていると流石商人の娘、シャーロットは素早く商人の男に話しかけると食料を幾ばくか分けてもらえるかどうかと交渉を始た。
ただ持っている金品を食料と換えて欲しいという話だというのに、だんだんと商談じみてきて、興味を失ったワシはくあっと小さく欠伸して、伏せた姿勢そのままにくうくうと軽く寝始めるのだった……




