86手間
さんざんお母様の惚気や、どうすれば満足させられるかを聞かされた挙句、裸にひん剥かれて縄を巻き付けられている。
いや、裸と言っても下着は付けているし、縄も目盛りが刻まれた所謂メジャーの様なものだ。
なぜこんなことになっているかというと…。
「私、娘に服を買ってあげるのが夢だったの!だからね、セルカちゃん…脱いで?」
という訳だ…いやどういうわけだ?
「あの…お母様?採寸は分かるのじゃが、下着姿になる必要はあったのじゃろうか?」
「もちろんよ!服の上からじゃ正確に計れないでしょ?それにしてもセルカちゃん…意外とセクシーな下着なのねぇ…これなんてお尻が丸見えじゃない!もしかしてカルンのため~?」
「うぅ…普通の下着じゃと尻尾に当たって痛いのじゃ…ワシの尻尾は珍しい型じゃから合うのが売っておらぬのじゃ~」
「確かに根本とはいえ、九本分だとかなりのボリュームね…」
「うひゃう!」
「う~ん、どうやってくっ付いてるか見たいけどもふもふの毛が邪魔で見えないわねぇ、それにしてももちもちすべすべ…しかも三百はこのままとか羨ましいわぁ…」
さっきから採寸という名のもとに尻尾をもふもふしたり過度なスキンシップをしてきて非常に恥ずかしい。
「うぅ…お母様…」
「あら、ごめんなさいね。普段はこういう採寸なんかもメイドの子たちにやらせるんだけど、一度でいいから娘の採寸を自分でしてあげたかったのよねぇ…」
こう言われてしまっては文句を言えるはずもない、とその時コンコンとノックの音が部屋に響く。一応衝立で部屋の入り口からは見えない様になっているのだが身構えてしまう。
「奥様、ラインハルトでございます」
「あらライニ、どうしたの?」
「坊ちゃんお二人もお戻りになられ、晩餐の支度も整いましたのでお迎えにと」
「もうそんな時間なのね。わかったわ、もうちょっと待っててちょうだい」
「かしこまりました」
「さて、それじゃ服を着て行きましょうか。本当はドレスでも着させてあげたかったけど、今からじゃ仕立て直す時間も無いしごめんね?」
「いえ…お構いなくなのじゃ」
「んふふ、ほんといい子ねぇ。カルンは大手柄だわ」
手早く着替え、部屋の前で待っていたラインハルト ――は長いのでどうぞライニとお呼びくださいとの事なのでライニと呼ぶことにする―― に連れられて食堂へと向かう。
さすが貴族、自宅に食堂があるとは。ただお母様の話を聞く限り貴族と名乗ってはいるが、前世のそれや東多領とは違い特権階級などでは無く、ただ領を代々運営している一族を指す言葉の様だ。
なんでも昔の偉い人が、領を運営している人たちの事を貴族と呼んだのが始まりだとかなんとか。う~む、昔召喚された人がそう呼んだんだろうか…。
「すでに旦那様と坊ちゃん方は中で待っておられます。旦那様のご意向で先に奥様だけ入っていただき、セルカ様は奥様のご紹介の後に中に入っていただきます。その時はカルン坊ちゃんに代わり僭越ながら私、ラインハルトめがエスコートさせて頂きます」
「わかったのじゃ、しかしライニや、そのセルカ様と言うのはどうも…別に呼び捨てでもよいのじゃよ?」
「いえいえ、セルカ様はカルン坊ちゃんとご結婚なされて既に旦那様方のご家族です。私にとっては敬う方々。すでにセルカ様も私にとって敬うべきお方のお一人なのですよ、そんな方に呼び捨てなぞ恐れ多い」
「うぅむ…」
「そうよ、セルカちゃんはもう家族!私の娘なのよ!これからもっと言われるようになるんだから慣れないとね」
そういってお母様はワシの肩をぽんと叩きウィンクを残して食堂の中へと入っていった。
「うぅ、緊張するのじゃ…。それに食事のマナーなぞ知らんのじゃ」
「それに関しましては今すぐお気になさる必要は無いかと、追々覚えていかれればよろしいのですよ」
つまり追々は覚えろと…そうこうしていると中からコンコンと合図の音が聞こえる。
「それではお手を失礼します」
差し出された手を取り開いた扉から中に進む。
品の良い絵画などが飾られた長方形の部屋の中にはもう一つ扉があるが、あの先は厨房なのだろうか。
そして部屋の中央にはこれまた長方形の客人が来た時を想定してか、十数人は同時に席に着けそうなテーブル。
奥の方、長方形の短い辺の部分の右側にお母様、左側にお父様が座り、ワシからみてその左の辺に見覚えのない、カルンを少し成長させたかのような男性二人が座って此方を見ている。
カルンは右の辺に一人で座っている。その隣の席にはカトラリーが用意されているが誰も居ない。あそこがワシの席と言う事だろう。
「ご挨拶を」
「はじめましてお兄様方、セルカと申しますのじゃ」
部屋を眺めていたワシにこっそり小声でライニが促してきたので、慌てて挨拶をしたためか、今までお母様お母様と言っていたのと同じ流れでついついお兄様などと言ってしまった。
しまったと思い顔色を窺うが、二人とも若干締まりのない顔をしており、少なくとも機嫌を損ねたりはしていないようだった。
「ふふふ、お兄様…か。おっとすまない、私は長男のケインだ。よろしくね?」
「自分が次男のセイルだ」
奥に座っている方が先に名乗り、手前が続いて名乗る。
「さて、名乗りも終わったところで立ちっぱなしもなんだ、座りなさい」
お父様に促されライニのエスコートでカルンの隣の席へと座る。
入って来た時には気づかなかったが部屋の入り口にメイドが二人いたようで、ワシが着席したのを確認すると厨房のあるらしき扉へと消えていく。
金属製のカトラリーに陶器のお皿、こんなにしっかりした食器類はいつぞやの高級レストラン以来だ。
野営で使うものや宿の食堂などの食器は木製か謎の樹脂製だった。
ワイングラスの様な杯に至っては薄緑色をした初めて見る材質…まさか晶石製?
高級レストランでこのような食器が出てきたとき、ワシはそういう食器が元々当たり前の世界で暮らしていたため気にもしなかったが、カルンが特に反応していなかったのはこういう訳かと今更ながら合点がいった。
「ふふふ、晶石製のグラスが珍しいかしら?あなたが鉱脈を見つけてくれたおかげでそう言う事にも使える余裕が出来たのよ」
「あぁやっぱり。名前を聞いてもしやと思ってたけど、君があのセルカか…」
「すごく強いハンターだと聞いてたからてっきり男だとばかり思ってたが…。まったく、カルンはどこでこんな子をひっかけたのやら」
グラスを眺めていたワシに掛けられたお母様の言葉に兄二人が反応する。それにしても引っ掛けたって…。
「そうだ!私たちは兄妹になるわけだけど、呼び方はお兄様も棄てがたいけど、ここはお兄ちゃんって呼…」
「さて、それでは食事を始めようか」
ケインお兄様の言葉を遮り、お父様が手を鳴らし声をかけると厨房から料理を乗せたワゴンが運ばれてくる。
うーむ、カトラリーは外から使うんだっけ?いや、そもそもこの世界のマナーではそれが正しいのか?
ちらりとカルンを見るがにっこりと微笑むので、ちょっと見とれてしまった。
ハッと我に返り、仕方ないので目の前のセイルお兄様の使い方を参考にしよう。
後は男女でマナーが違わないことを祈るばかりだ。




