866手間
ふふ、どうだ、おきつねの可愛らしさには敵うまい、などと内心悦に入りながらも彼女の様子をじっと観察する。
先ほどまでの死に怯えたような強張りこそ抜けたものの、いまだ小さくカタカタと震えており何か話をして気を紛らわそうとしても初対面、よい話題が思い浮かばない。
何せ初対面で無難な話題は彼女の場合なかなかに難しい選択を迫られる事になる、親兄弟のことなんぞ彼女は盗賊団に攫われてきてるのだ、下手をすれば目の前で……なんてこともあり得る。
服装など見目のことも、彼女はやつれこそしてるものの見目はかなり整っている、着飾れば貴族としても十分通用するぐらいで、町娘ならば彼女を語る枕詞に町一番のなどとついても良いほどだ。
となると、それが原因で襲われた可能性もあるわけで、最近の調子はどうなどは以ての外だ。
そうなると残りは……。
『おぬしの名は何と言う』
「わたし、私ですか?」
『うむ』
「私は、シャーロット、です。その、えっと、わたしは攫われてきて、盗賊団の仲間ではありません!」
彼女はたどたどしく自分の名前を言ったかと思うと、急にハッとした表情になると胸の前で両の手を合わせ握り、祈るような姿で必死に自分は違うと言い募る。
『言うたであろう? 偶然ではあるがおぬしを助けにきたとのぉ。とは言え何から何まで世話をするつもりは無いのじゃ、流石にこの場に捨て置きはせぬが近くの村に送る程度じゃ、そこからどうするかはおぬし次第じゃ』
「大丈夫でございます、ここより遠いですが、神前街にて父が店をやっている筈なので……」
『ふむ、家族は無事かえ』
「はい、家族で神前街に向かう途中に奴らに襲われたのですが、私と荷の幾ばくかと引き換えに……」
『そうじゃったか、しかし、おぬしはおぬしを差し出した家族を恨んでは居らんのかえ?』
「いえ、父は商会に無くてはならない人、弟妹も幼く、母も身籠っていましたので、私自ら」
『ほほう、まだ若いというに何とも気丈なことじゃ。よい、気に入ったのじゃ、どうせワシも神都まで行く身、連れていってやるのじゃ!』
「えっ?」
何とも見上げた気概、フレデリック辺りが難色を示しそうだが、何ならば下女として雇えば良い。
厭らしいことではあるが、盗賊から救った女性を親元まで届ける、クリスの名声を高めるためにも十分であろう。
そも騎士ならば、騎士道を謳うならば、そんな女性を放って置くのはダメだろう。
「あの、神都に行かれるのですか?」
『うむ』
「こういっては何なのですが、そのお姿で?」
ワシは彼女の口から漏れた驚きを、送ってもらえることへの反応だと思ったのだが、どうやら違ったようだ。
確かに言われてみれば、喋るとはいえどう見ても大きな狐、それが何故か神都に行くと言えば不思議に思うのも無理からぬこと。
『そういえばそうじゃったな、ワシのこの姿は云わば仮初、変化を解いたらちゃんと人じゃから安心するがよい。じゃが、ここで変化を解いたら裸じゃから勘弁してほしいのじゃ』
「わ、わかりまし、た」
どうも納得いっていないようだが、そろそろここから移動した方が良いだろう。
『んむ、それではワシの背に乗るがよい』
「あ、少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
『ん? うむ、多少は構わぬのじゃ、もしや他に囚われておる者がおるのかえ?』
そう思い背に乗るよう促したのだが、彼女は立ち上がり頭を下げそんな事を言ってくるでは無いか。
「いえ、そうではありません。神都までは遠いですし、食べ物とかお金とかを取ってこようかと、どうせどこかから盗んできた物でしょうし、どうせなら今までの分も」
『そ、そうかえ』
確かにワシ一人ならばひと月くらい飲まず食わずでも平気な上に、いざとなればイノシシでもシカでも狩ればよい。
しかし、彼女が一緒ならば何か食べる物が必要なのは当然か、それに流石商人の娘というべきか、なんとも逞しいことにお宝をぶんどって来ると息巻いて、ワシを待たせぬ為かかけて出してゆくのだった……




