865手間
ボロ屋と言ったが近づいて見れば意外と立派なモンだ、雪対策に底上げされた一階は、丁度ワシの鼻先に扉が来るくらいだろうか。
この中にと一歩踏み出そうとして、はて? とワシは首を傾げる。
今更だがこの扉をどうやって開けようか、頭を悩ませることになろうとは。
扉を吹き飛ばすのは容易いが、それで中に居る人を傷つけては本末転倒だ、ワシは中に囚われてる人を助けに来たのだから。
ワシの手は今、かわいらしい狐の足そのもの、流石にこれでは扉を開けることは出来ない。
ではどうするか、ガリガリと爪で扉を壊す? いやいや、そんな事をすれば中に居る者にとっては恐怖そのものだろう。
メキメキと扉を破壊する巨大な爪、どう考えても魔物か獣が襲ってきたようにしか見えない。
では扉の外から声をかければよいだろうが、不用意に大声を出すわけにもいかないので爪で扉を少し壊して……。
それこそ何のホラー小説か、となるとやはりノックくらいに止めて待つのが上策か。
そんな風に扉の前で考えていると、突然その扉が内側から、吹き飛ばさんばかりの勢いで開かれる。
扉が開いたところには、如何にも小悪党といった風体の青年が、女性の亜麻色の肩まである髪の毛を、乱暴に引っ張りながら出てきた。
「オラッさっさと出てこい、あのバケモンがこっちに気付く前、に……」
『そのバケモンとは、ワシの事かのぉ』
引き摺って来た女性を見ながら出てきたからか、ワシに気付かなかったのだろう。
前を見て、ワシを見つけた時の言葉と顔色の無くし方といったら、もし変化していなければ腹を抱えて転げまわりたくなるほどだった。
ニヤリと笑ったのがトドメとなったのか、小悪党は女性の髪の毛を引きちぎらんばかりの勢いで、扉から続く階段へと女性をワシの方へと放り投げる。
「くそっ! 勿体ねぇが命あっての物種ってな!」
『女性をそのように扱うとは、全く感心せんのぉ』
小悪党な男は、台本でもあるかの如くの捨て台詞を残し、脱兎も呆れる逃げ足でワシから距離を取るべく駆けてゆく。
ヒューマンとしては恐るべき速さでワシから離れてゆく男であるが、ワシからすれば鈍足もよいところ。
タンッと軽く跳躍し、男の目の前にふわりと降り立つ。
『どこぞの街に逃げ込まれ、悪さをされてもいかんからの。疾く、去ね』
目の前の小石を払うように右前足を動かせば、小石よりも軽く、男が視界から消える。
消えた先でどうなったかなど見る必要も無い、今はそれよりも女性の様子を見た方が良いだろう。
女性は足でも痛めてるのか、立ち上がる様子は無く、ワシが近付くとヒッと引き攣った悲鳴をあげる。
『怯えずともよい、ワシはおぬしを助けに来たのじゃ、偶々、ではあるがの』
「しゃ、しゃべ」
ハクハクと口を開け閉めしている彼女をあまり怯えさせないために、ワシはちょこんとその場に座ってから、腹のしたに前足を揃え隠すような姿勢で伏せてなるべく視線を合わせる。
その状態でコテンと首を傾げれば、大きいとは言えふわふわな毛並みの狐、あざとい仕草をした甲斐はあったのだろう。
女性は力が抜けたようにすとんと肩を落とし大きく息を吐くのだった……
 




