863手間
ここに居るのは皆ヒューマンだらけと言うこともあってか、マナが込められた変化したワシの言葉で近くに居た殆どの者が昏倒してしまった。
ワシが踏みつけている奴は流石、頭と呼ばれるだけあって蒼褪めてはいるが、まだまだ諦めたりはしていないようだ。
「こっ、こっちの言葉は分かるのか」
『む? 無論じゃ』
さてどうしたものかと考えていると、ワシが踏み潰している大男が苦しそうな声で今更ながら聞いてくる。
今度は昏倒させないよう、マナを抑えなるべく落ち着いた声で答えれば、ワシの口から何とも低く威厳のある声が出てきた。
「いきなり攻撃したことは謝る!いや、謝らせてくれ」
『ほう、殊勝なことじゃな』
内心、自らの発する威厳ある声に気分を高揚させながらも、努めて冷静に態度を改めた男の様子を観察する。
今まで必死にワシの足をどかせようとしていた両手を降参したように上げ、ワシの言葉に今度は必死に媚びるように何度も謝って来る。
先ほどまでの様子とは打って変わったように喋る男を訝しむが、ちょっとでもワシが体重をかければ、プチッと蟻のように踏み潰されそうになっていれるのだ、それも当然かと納得する。
まだまだ怪しい事には変わりないので逃がさないよう気を付けつつも、少しだけ男を押さえつけている足の圧力を弱めてやる。
「それでだ、お前俺たちと一緒に来ないか?」
『むぅ?』
「俺たちと一緒に暮らせば、森の中で獣を狩るよりも楽に、もっといいモン食いながら暮らせるぞ」
男の謝罪を聞き流しながら、さてどうやってこいつらの正体をと考えていると、男が突然ワシに勧誘をかけてきた。
まさか言葉が分かるから、ワシを容易に飼えるとでも思っているのだろうか。
『ほう……おぬしらは狩人とでもいうのかえ?』
「似たようなもんだ」
ワシの言葉に男は食いついたとでも思ったのか、ニヤリと得意げに笑う。
しかし、これは丁度良い、ワシをただの喋れる獣とでも思っているのならば、もうここはストレートに聞き出すのがいいだろう。
『狩人では無いと言うのならば、おぬしらは何なのじゃ?』
「いやなに、俺たちは人専門の狩人ってやつさ」
『ほう、それは野盗という奴かの?』
「いやいやいや、あんな野蛮な奴らと一緒にしないでくれ。俺たちはただちょ〜っと羽振りの良い奴らにお願いして金やら女やら、食いモンなんかを頂いてるだけだ」
何が一緒にしないでくれだ、ベラベラと喋る男によれば何やら身なりの貧しい者からは奪わないなどという矜持らしきものがあるらしいが、やっていることは野盗そのものでは無いか。
奪ったモノを貧しい者に分け与えているのならば、まだ多少話を聞く価値はあったかもしれないが、そう言うことは無くこいつらはただ単に羽振りの良さそうな者を優先して襲っているだけ。
他の野盗と一緒にしないでくれなんて言っているが、痩せた獲物よりも肥えた獲物を狙う、そんな事は他の野盗もやっているごく当たり前の事だ。
『そこの里の者は皆そうなのかえ?』
「ん? あぁ、そうだ。女が三匹……いや、二匹壊れちまったから後一匹だけか、それ以外はみんな仲間だからな、いろんな獲物を狩れるぜ」
『そうかえ』
ワシの言葉が、男が言葉を重ねる度に底冷えしてゆくのに気付かぬ愚か者は、そう得意げに語る。
なれば彼らの処遇は決まったと、スッと男を押さえていた前足を上げたのを同意と勘違いしたのか、男は歓迎するように倒れたまま両手を広げ笑い、ワシはそこへ冷えた感情のまま足を振り下ろすのだった……




