85手間
お母様の手に引かれて、派手ではないものの素人目にもそれなりの価値がありそうだと判る調度品が置かれた玄関ホールを進み、入り口からほど近くの部屋へと案内された。
「ここは私個人のお客さんをもてなす部屋だから、邪魔は入らないはずよ」
「お、お母様…?ここで何をするのじゃ?」
「ふふ、言ったでしょ?二人っきりでお話しするためよ。さ、ここに座って」
訳も分からないまま、玄関ホールと違って少し可愛らしい雰囲気の調度品で揃えられた部屋のソファーに座らされ、お母様はテーブルを挟んで反対側のソファーへと腰かけた。
するとワシの心配でもしたのか、スズリにしては珍しく、初対面の人が居る場所で尻尾から出て肩に登ってきて頬を舐めてくる。
「あら!何その子かわいい!」
お母様の声にびっくりしたスズリだったが、尻尾に隠れることはせず肩からぶら下がるような形で顔だけ出している。
「む、珍しいのぉスズリが初対面の人がおるところで出てくるとは…」
「スズリって言うのね。見たことない動物だけど、まんまるおめめがかわいらしいわねぇ」
スズリの頭を撫でつつ、お母様がカルンに似ているから出てきたのだろうかと考える。
「おっといけない。お話しするためにここに来たのだったわね」
「話とは何なのじゃ?」
「そうね、簡単に言えばセルカちゃんの今後に関わる事かしら?」
その初めて聞く真剣な声音に知らずごくりと唾をのむ。
「月のものはちゃんと来てるわよね?」
「う、うむ」
このあたりきっちりと叩きこまれたので、狼狽えることなく毎月対処できていた。
症状も幸いな事にちょっと体調が悪いかな?程度で、身構えていたのがバカらしくなるほどあっさりしたものだった。
「そう、それなら子供は大丈夫そうだし期待してるわね。次に寿命ね、セルカちゃんはヒューマンに見た目が近い種みたいだからそれなりに長いと思うのだけど、獣人の中には宝珠があってもかなり短い子もいるから心配でね?」
期待してるわねの意味にドキドキしていると、間髪入れずに来た寿命の話に思わず言葉が出なくなる。
「まさか、短い…?」
「ち、違うのじゃ…むしろ逆じゃ、長いのじゃ…」
悲しそうな顔をするお母様に我に返り、慌てて否定する。
「そう、そうなの。それは安心ね。どのぐらいかは聞いても大丈夫かしら?」
「うむ…。といっても千は超え、容姿も変わらぬくらいしか分からぬのじゃ」
「寝物語にしか聞いたことは無いけれど、ヒューマンより長い獣人ってホントにいたのねぇ…。それに容姿が変わらないのは羨ましいわぁ…宝珠が無い人に比べ緩やかにとはいっても、何処おばあちゃんになるのは確定だもの」
この人ならおばあちゃんになってもかわいらしいままだろうと思いつつ、この手の事を気にするのはやはりどの世界でも同じなのだろうと苦笑いする。
「あ、でも今はまだ許されるけど、将来あの子が成長したら幼女趣味疑惑が…」
「よ…幼女趣味…」
「そうよ、今はあんなだけどもう少ししたら背も高くなってカッコよくなるわよ、上の二人もカルンくらいの時から一気に背が伸び始めたのよね」
背が高くなってカッコよくなったカルンを想像して悦に入っていると、いつの間に近づいてきたのかがっしりと肩を摑まれ…。
「壊されないようにね?」
「こ…こわ…?」
何かひどく実感の籠った一言を残し、元のソファーへと座りなおすお母様。
「あの子もあの人の子供だから確実よねぇ…」
何の事だろうと首を傾げるが、ある事に思い至り顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あらあらあらぁ?ふふふ、その様子だとすでに片鱗は見え始めてるようね。これは案外早めのが期待できるかしら?」
ワシの反応の意味に気づいての言葉にますます真っ赤になっていた…その一方取り残された男たちは。
「セルカさんと一体何を話してるんだろう…」
「さてな。ああなっては止められん、どうせ子供がどうのと話しているんだろう。…ところで手は?」
「う…その…出してます」
「よい、責めている訳じゃない。結婚するまでは、なんて野暮な事は…と思ったがお前たちは付き合うをすっ飛ばして結婚していたな…。まさかそれ以前から?」
「いえ…流石にそれは…。結婚以前は全く、部屋やテントも全部違いましたし、それに他の人も居ましたし」
「それならば良い、これからはさらに励めよ」
「と、ところで兄はどうなんです?」
臆面もなく言い放つ父に苦笑いしつつ、話題を逸らすと出されたお茶を啜る。
「あいつ等はいまだに浮いた話一つ無いな、ふらふらされるよりはマシとはいえさっさと安心させて欲しいものだ」
「父さん達みたいにお見合いとかしないんですか?」
「そう…だな。自分が言うのも何だがまだ早いだろう。お前たちの子供が生まれた時にまだ浮ついた話が無いようであればさせるがな」
「セルカさんは獣人なので出来辛いかと…」
「なんだそんな事か…ならば回数を増やせばよい。今日から毎晩しろ。しかし、そうなれば客人用の部屋を、と思っていたがお前の部屋にした方が良さそうだな、ライニ」
「かしこまりました、その様に手配しておきます」
「よろしい。それとカルン、式までの間街から出るなとは優秀なハンターを遊ばせておく事になるから流石に言わないが、日数がかかる様な護衛などは禁止だ。と言ってもしばらくは顔合わせだなんだで出る暇なぞ無いだろうがな」
「はい、わかりました」
結局話題をそらすことに失敗し内心嘆息するカルンだったが、することが嫌なわけではない、むしろ好きだ。何より普段と違うセルカの一面を見れるから…父からも大々的に許しが出たのだ、頑張ろうと一人決意を新たにする。
「はっ何やら寒気がするのじゃ」
「あら~?セルカちゃんかわいいし、誰かが噂してるのかもね?」
先ほどの言葉の意味を今晩さっそく知ることになる羽目になるとは、まだ知る由もないのだった。