855手間
木々が薙ぎ倒されて出来た道を進んでもザクザクと雪や土、枯れて積もった枝葉を踏みしめる音だけがするはずだ。
だというのに足下に薄く絡みつく穢れたマナが、ねちゃねちゃと粘着質な音を立てていそうな、それほどまでに濃密な気配がする。
吸い込んだところで野の獣ならばさして問題ないだろう、獣人も体調を崩すくらいだろう、ヒューマンはどうだろうか、ダメかもしれない。
決して異常というほど濃い訳では無い、だが何と言えば良いのだろうか、普段発生するような穢れたマナよりも熟成しているというか何と言うか、腐っているモノが更に腐ったような、そんな感じがする。
「ぬぅ、何ともないはずなのじゃが、泥に足を突っ込んでおるような気さえするのじゃ……」
なまじマナが見えるのがいけなかった、雪で濡れているだけの足が、この穢れたマナで濡れているように感じてしまう。
しかも穢れたマナが溜まっているであろう場所に近づくほどに、じわじわと穢れたマナの泥のような感覚が、舐めるように上へ上へと登って来る。
その感覚がついに鳩尾あたりまで登ってきたころ、穢れたマナに耐え切れなかったのか立ち枯れた木々が増え、倒れ伏すように折り重なり腐っている中心にそれは在った。
まるで野球のグローブを伏せたかのような形状の大岩、その下に地面が抉れるように陥没した中には、既に何のモノか分からない地層のように重なる無数の骨。
そしてそこには紛うことなく濃密に揺蕩う穢れたマナが、マナを見る事が出来ない者ですら見れるのではないかと思うほど、ドス黒く濁った池のようにそこにある。
「ふぅむ、これは昨日今日はおろか、数十ではきかん程の巡りでゆっくりと溜まっていったようじゃのぉ……」
それでもこのもうすでにワシの胸の高さまでずっぷりと、浸かるほどまでに漏れ出たのは最近の事だろう。
もとから多少は漏れてはいたのだろうが、これ程までにマナが溜まっているのはこちらでは非常に珍しい。
確かにこれ程までに溢れていたら魔物まで行かずとも、魔獣は恒久的に生まれてくることは間違いない。
恐らくは始めたはただの動物の墓場と呼ばれるところだったのだろう、それがいつしか積もり積もって穢れたマナの池と化した。
カカルニア周辺ではそうなる前に、ハンターや粘塊の手によって綺麗にされる。
「しかし、そうなるとここにマナを注ぎこんでおる何かがあるはずじゃが……」
ワシは意を決して、そんな事する必要も無いのだが大きく息を吸いこんで、むぐっと口をつぐんで池の中に体を沈める。
果たして池の底には、岩清水が如くじわりじわりと湧き出るか細い地脈の一端があった。
大岩の下はくぼんでいる為、立ち上がってもワシは少し顔を上に向けなければ口が穢れたマナの水面よりでない。
何とかつま先立ちしてプハッと何となく息をして、ざばりざばりと穢れたマナをかき分けて池から上がる。
地脈がここに通っていたことで、今までの事が何となくではあるが繋がって来た。
まず間違いなくこの周辺の森が、これ程までに豊かなのは地脈があったからであろう。
そして恐らくではあるが、ここに獣が死にに集まったのは、湧き出るマナで最期の一瞬だけでも楽になろうとしたのだろう。
しかし、マナは多すぎれば毒となる、それこそ死に際の命であれば、ほんの僅かでも猛毒と化したはずだ。
その最期の苦しみが積もり積もって穢れたマナとなり、か細い地脈の一端ではそれを払いのける程の勢いも無く、上に溜まっていた穢れたマナに汚染されてこうなったのだろう。
「とりあえず穢れたマナを留めてしまっておる大岩を吹き飛ばし、ここを埋めれば後は勝手に綺麗になるじゃろう」
これは本当に楽に終われそうだと、ほっと息を吐きごぽりとなにか粘つくモノの中を空気が通ったような、背後からそんな音がしたかと思ったら、手足や尻尾に何かが噛みつき、ぐらりと体が後ろに傾ぐのを感じるのだった……




