852手間
ここに現れたのが魔物だけであるならば、さして問題は無かった。
それも異形の魔物だ、しっかりとした形を保った魔物であれば、それはそれで問題ではあったのだが……。
昔一度マナについて研究している者に聞いたことがあるのだが、詳しい理論は全く理解できなかった。
とりあえず理解できた部分だけを要すれば、異形の魔物というのは怨念の塊のようなモノであり、こちらでも分かりやすく言えばゴミが集まって自然発火したようなモノ。
その燃えているゴミが依り代となるモノを中心に、今回は豚鬼の恐らくはぐちゃぐちゃだったのだろう死体に集まってできたモノが、異形の魔物だ。
要するに出現するまでに長い間が開くか、もしくはたまたま何か大量のマナが来るかしないと自然には発生しない。
それに対して魔獣は生きている内に、体内に穢れたマナが溜まった生き物が死んだときになるモノ。
穢れたマナは少なければ生きている内に浄化されるか体外に排出されるし、多ければ体内に溜まる前に死ぬ。
魔獣と化すには多すぎず少なすぎない穢れたマナが長期間無いといけないという訳だ、つまり一時的に増えただけではまず魔獣は生まれない。
という事は何処かに穢れたマナが大量に溜まっているか、マナが何らかの原因で溢れる場所の近くにマナが穢れるモノがあるという事。
「ふむ、これは現役最年長のハンターとして調べる必要があるのぉ」
多分豚鬼どもが来た方向に森か何かあり、そこにあるのだろうと一歩踏み出して、そこでピタリと足を止める。
大元を突き止めるだけならば簡単だが、この周囲の安全を確保するならばそれなりに時間はかかるだろう。
ここは一度馬車に戻って報告してくるかと踵を返す。
馬車へと戻ると真っ先に駆け寄って来たフレデリックへと、先ほどあった顛末を語って聞かせる。
「目に見えぬ毒沼のようなものがあり、そこから湧き出た毒を吸って獣が魔物と化すという事でしょうか」
「んむ、概ねそんなところじゃな」
「もしや、その毒を吸い続けると人も魔物になるのですか?」
「いや、その点は大丈夫じゃ、魔獣となるほどの穢れたマナ、毒が溜まる前に死ぬからの。獣より人の方がマナを溜める量は多いが、毒となる穢れたマナに耐えれる量は獣の方が多いのじゃ」
「そう、でしたか」
無理に許容量を超えた穢れたマナを与えれば魔物や魔獣と成るが、その場合は人の姿は保っておらず、孤児院で見たようなグロテスクなモノや粘塊になる。
「では、後ほど調査隊を組織し――」
「その必要は無いのじゃ、いや、してはならぬ」
「何故でしょうか……、幸いにも今までこの周辺で魔物の被害は突出する程では無いと聞いておりますが、その様な危険な場所があるとなれば調査、出来れば対策をしなければ被害が」
「先ほど言うたであろう? 魔獣が出てくるほどじゃ、大元はただのヒューマンでは近づけもせぬ、それに二十以上オオカミを始末したとはいえ、まだおると考えた方がよいじゃろう。ワシですら飛びかかられるまで気付かんかったのじゃぞ? おぬしらでは食われるまで気付かんじゃろう、そんな魔獣が蔓延る中を毒を吸いながら大元を探るなぞ、出来る訳がなかろう」
「では、セルカ様が再び向かわれると言うのですか?」
「うむ、分かっておるではないかえ。元々ワシはそういうことを生業としておった、いわゆる、ぷろふぇっしょなるという奴じゃからな! 安心して待って、いや、先に進んでおるがよい、どれくらい時間が掛かるか分からんしの」
場合によっては数日かかるかもしれない、そうなったら流石にこんな雪の中で騎士たちを、特にクリスを待たせるわけにもいかない。
しかし、そうなると合流するのに手間がかかる、ならばクリスに何か目印となるものを持っていてもらうかと、ワシはまだ何か言いたそうなフレデリックを手で抑え、クリスの居る馬車へと向かうのだった……
 




