84手間
テンション高く語るカシス…お母様――さすがにお母さんは恥ずかしいのでこれで妥協してもらった――に若干引いていると…。
「帰ってきていたのか、カルン」
背後からかけられた声に振り返れば、厳めしい容貌の立って尚見上げる程の背丈がある男が立っていた。
目元が若干カルンに似ているといえば似ているだろうか。少し赤みの入った金髪が唯一そっくりだった…どうやらカルンは母親似の様だ。
「ただいま戻りました」
「うむ、そしてそちらの彼女がセルカ君だね」
カルンが立って挨拶するのに合わせて一緒に立ち上がってお辞儀をすると、名乗ったはずは無いのに名前を呼ばれた。
「晶石鉱脈の発見者で優秀なハンターともなれば名前と容姿くらいは把握しておかないとな、あれのおかげで随分と景気が良くなった。民に代わって私カカルスが礼を言う」
「い、いやあれを見つけたのは偶々じゃし、礼なぞい…大丈夫ですじゃ」
疑問が顔に出てたのか先回りして答えられた上に、突然頭を下げられたので慌てて声をだすが途中でハタと気づいて無理矢理丁寧な言葉にする。
「あら、セルカちゃん。娘がお父さんへの言葉遣いなんて気にする必要ないのよぉ」
「ふぅ…カシス、あの子が連れてきたという事は、いずれそうなるかもしれないが…ちょっと気が早いんじゃないか?」
ため息と共にまたいつの間にか新たに用意されていたイスにカカルスが腰かけ隣のカ…お母様に話しかける。
「あらあら?いずれじゃなくて、もうよ…あなた」
「ん?どう言う事だ、カルン?」
「あー、えっと父さん…知ってるかと思うけど改めて紹介するよ、妻のセルカです」
目を見開いて驚くカカルスを尻目に、妻の部分を強調して紹介されたワシは悶絶寸前だった。
「うふふ、セルカちゃん。嬉しいのは分かるけど毎回それだと身が持たないわよ、もったいないけど慣れなきゃね?」
「ふぇ!」
突如かけられたその言葉と、なぜばれたという恥ずかしさで真っ赤になって俯いてしまう。
「ふふふふ、やっぱり獣人の子はかわいいわねぇ…妻の~って言われた瞬間お耳がぴくぴく尻尾がわさわさ、もうバレバレよ!」
「いや、そんな事よりもカルン。妻とはどういうことだ?いつ結婚したんだ?いつから付き合ってるんだ?」
ワシがますます赤くなる原因となった言葉をカカルスは一蹴し、さっきまで目を見開いて驚いていたのとは対照的に、とても落ち着いた声でカルンに疑問をぶつける。
「ひと月ほど前に結婚の申し込みをしました。その前の数か月は付き合ってこそいませんでしたが、一緒にダンジョンに行っていたりしました」
「それは知っている。久々のダンジョン踏破者をギルドから聞いた時にお前の名前があって驚いたが、それよりも付き合ってすらおらんと言うのによく結婚の申し込みをして、セルカ君も…セルカもそれを受けたな」
セルカ君のあたりでお母様に小突かれて訂正するあたり、厳格な見た目に反して奥さんには弱いのかな?
「はい、父さんは常々女性と付き合う時は責任を持って行動し、結婚を前提に真剣にお付き合いしなさい、と言っていたので結婚を申し込みました」
「それほど自らの行動に責任を持てと言う意味だ、それと前提に、だ…色々すっ飛ばすんじゃない。はぁ…お前は引っ込み思案な割に思い込んだら迷わず一直線なところは昔からだったな…家を飛び出した時もそうだ、あれは冗談だと言うのに」
「迷うのならば行動しろとも言ってましたので。妻も…セルカさんも始めはちょっと勘違いしてましたが手を取ってくれました」
「勘違い?まさかギルドから聞いた限り里出身と言う話だったが、慣習を知らないのを良い事に体良く結婚したわけじゃ無かろうな?」
それまで困ったやつだと言う顔をしていたカカルスが、急に見定めるかのような厳しい顔になりカルンを見る。
それに比べお母様はすべて分かってるとばかりにニコニコして、そのやり取りを聞いてるのが対照的だ。
「始めは…そうでした。彼女が意味を知らなかったと聞き、右手を取る意味を伝えてからもう一度結婚の申し込みをし、その上できちんと手を取ってもらいました」
「うふふ、心配そうに見つめてると思ったら照れて真っ赤になったりかわいいわぁ…ほんとカルンはよくやったと思うわ。ねぇあなた、カルンの事をあれだけ想ってくれてるんだからいいじゃない。それにどれだけの期間付き合ったか…なんて些細な事よ、私達だってお見合いして即結婚だったじゃない」
「それは私の立場上…」
「長男だったとは言え家を継ぐ前だったでしょ?」
「う…うぅむ」
「もう…反論が無いって事は文句は無いわね、それじゃこの話はおしまい。ねぇセルカちゃん、結婚式はもう終わった?それともまだ?どこでやる?希望はある?」
「えっと…その…この街の教会で出来たら…いいなぁくらいで…」
お母様の言葉にカカルスが押し黙ると強引に話を終らせ、さらに強引に話を振って来たが結婚式という言葉にそれを想像して、恥ずかしさが一気に湧いてきてしどろもどろになってしまう。
「あらあら、獣人の子が教会を希望するだなんて珍しいわねぇ…」
「教会で見た花嫁さんがきれいだったので…それで」
真っ赤になってそう答えると、お母様はますます嬉しそうに声が弾む。
「うふふ、やっぱり種族が違ってもドレスは女の子の憧れよね!お母さん気合い入れちゃうわ!その他はどうしたい?」
「セルカさんも場所以外はお父さんとお母さんに任せることに同意してますから、ですがお母さんあまり張り切り過ぎないでくださいね?」
「そう!それならますます張り切っちゃうわ!日時だけれど、いろいろ準備や告知もあるし、何より時期があるから早くとも次の巡りの初の月くらいになっちゃうけどいいかしら?」
「「時期?」」
二人同時に疑問を口にするが、それだけで何となく嬉しくなってしまう。
「うふふ、熱々ねぇ…知らないのなら良いわ、時期が近づいたら分かっちゃうと思うけど、それまでは人に聞いたりしないで楽しみにしていてね?」
結婚式で時期というと…前世でいうジューンブライドみたいなものだろうか…楽しみにしていよう。
「ふぅ…致し方あるまい、宝珠持ちだから寿命も申し分ない、ハンターとしても優秀、ギルドから話を聞く限り素行も問題ない…何よりカルンが惚れている、反対する理由はないな」
「うふふ、最後だけで十分じゃない。それじゃライニ!二人の分のお夕飯追加ね?あの子たちも今日は帰って来るんでしょう?」
「はい、奥様。お二人とも夕方にはご帰宅するはずです」
「よし、それじゃそこでセルカちゃんのお披露と結婚のお祝いね、うんと豪華にしてあげて!」
「かしこまりました」
「それじゃぁセルカちゃん、お夕飯楽しみにしててね?それとそれまでちょっと二人きりで話しましょうか」
そう言って立ち上がりワシの手を強引に引いてお屋敷へと向かって行ってしまうのだった。




