851手間
ひらひらと舞い落ちる雪が、豚鬼などの魔物が雪に開けた穴をゆっくりと埋めてゆく。
降りしきる雪の中、ワシはぺしょんと耳をたたみ、遠い目で薙刀の刃を眺める。
「まともに使えんかったのじゃ……」
今回薙刀自体を使用したのは二回、最初に小角鬼を撥ねたときと、最後に豚鬼どもと魔物を纏めて切った時だけだ。
攻撃としてみれば撥ねたのはただの事故なので、薙刀を使ったと言えるのは最後の一振りのみだろう。
この旅では最後の機会かもしれないのに、ついついいつもの調子で一瞬で終わらせてしまったと落ち込み、がっくりと肩を落とす。
踵を返し馬車へと戻ろうとした時、ふと耳にさくりと雪の上に何かが落ちた音が聞こえる気がした。
ぺしゃりと潰れていた耳をピンと立て、音の元を探るが特に何も無い。
木に積もった雪でも落ちたのかと再び歩こうと足を踏み出したその瞬間、目の端に見えた雪の影がぐんぐんと大きくなり、ワシの首元へと迫って来る。
ワシは慌てることなく、いまだに出したままの薙刀の柄を軽く横に倒すようにして、飛びかかって来た影を払う。
キャインキャインと情けない声を上げながら、雪の上に転がるのは真っ黒な毛並みをしたオオカミの姿。
「魔物、いや、魔獣かの」
一人ごちながら薙刀の石突で、左から飛びかかって来た別の影を打ち付ける。
「ふむ、囲まれておるのぉ。それにしても、ここまでワシに気配を悟らせぬとは、魔獣ながら天晴れじゃな」
十匹ほどだろうか、もしかしたらまだ隠れているのが居るかもしれないが、薙刀の間合いよりも遠くワシの周囲を隙を窺うようにグルグルと足音無く周っている。
目の前を通り過ぎる黒いオオカミを油断なく見ていたが、視界の端に消えたオオカミの一匹が、ふと視界からも気配からも消えたのを感じそちらを見やる。
視線の先には何も居ない、しかしグッと目に力を籠めるようにして何も無い場所を見れば、まるで雪の中から浮き出るようにこちらを窺うオオカミの姿が見えてきた。
なるほど、と思いニヤリと口角の端を上げれば、オオカミは自分が見られている事に気付いたのか、ビクリと身を震わせるとワシから距離を取る様に真横に跳び退る。
「魔法、いや、法術によるまやかし……。ふぅむ、魔獣にしては芸達者じゃのぉ」
あのカマキリの魔物とは違い極わずかな、しかし、アレ以上に巧みなマナの使い方で、こちらの意識を逸らし消えたように見せる法術。
なるほど面白い使い方だと思うがタネが分かればもう意味がない、なればオオカミに優位など存在せず、野花の如く容易く手折られるだけだ。
いまだこちらを窺っている一匹に向かい一瞬で間合いを詰めると、下から掬い上げるような軌道で薙刀の刃を滑らせ、オオカミの胴体を一刀両断する。
分かたれた二つの胴体が宙を舞い、そこでようやく自分の身に何が起きたのか理解したのだろう、驚愕かそれとも攻撃しようとしたのか、オオカミが口を開けるがもう遅い。
ドサリと雪の上に落ちたオオカミは、ゴポリと血を吐くような音を立てたかと思うとぐじゅぐじゅと、その身を崩し始める。
やはり魔獣かと得心していると、ここに来て不意打ちは不可能とでも思ったか、周囲を周っていたオオカミたちが一斉にワシへと襲い掛かって来た。
「これじゃ、こういうのを待っておったのじゃ!」
右に左に舞うように薙刀を躍らせて、一匹また一匹とオオカミを屠ってゆく。
雪の中、紫に煌く薙刀の軌跡が美しく、見ている者がワシ以外居ないのが勿体ないほどだ。
そして紫が煌き翻る度に、さらに一匹また一匹とオオカミは数を減らしてゆく。
どれほど屠っただろうか、やはり隠れ潜んでいたのだろう両手両足の指で数えても追いつかぬほどのオオカミを切り捨てて、ようやく周囲は本当に静かになるのだった……
 




