848手間
帰りの道程に問題は無い、右手に見える小国群と我が国を隔てる山脈と高原地帯独特な、丈の短い草が広がる草原とまばらに生える木々。
確かにほうとため息が思わず零れそうな程に美しい風景だが、それが延々続くとやはり見飽きてくる。
だがしかし、それでもも無聊を慰めるには十分すぎるほどだったと今更ながらに思い知らされ、ほうと思わずため息が零れる。
「これでは帰る時期が遅れそうじゃのぉ……」
「今までの天気が良すぎたからね、これは暫く荒れそうだね」
しんしんとなどという言葉は生温い、吹雪いてこそいないものの、人が小指の大きさ程度に見えるより先は見通せないくらいに雪が降り注いでいる。
これが一日二日程度のことならば良いのだが、かれこれ十日も続いている。
同じ様な風景に飽きたなどと、そんな戯言すら贅沢の極みだったのだと言わんばかりの光景が、馬車の窓に叩き付けられる。
しかし流石は酷寒の地に生きる騎士とその乗騎たる馬たちだ、流石に歩くより少し遅い程度の速度でしか進めていない。
だが全てを圧し潰すように降る雪の中を、それだけの速度で進めているというのは十分感嘆に値するだろう。
「それにしても、慣れておるのぉ」
「それは当然さ、街道の安全を確保するのに必要な技能だからね」
何故かクリスが誇らしげに、よくぞ聞いてくれたとばかりに嬉々として、今騎士たちが何をしてるかを説明してくれた。
まず先行する者が進む先がちゃんと街道であるか確認する、ワシは気付かなかったのだが、街道にはここが道ですよということを示す杭が立っているのだという。
ある程度雪が積もったとしても見えるそれを目印に、先行する者の指示に従って次に進む馬が斜めに板が付いた除雪ゾリを引いて進み、雪がある程度除かれた道を更に後ろに続く騎兵と歩兵が踏み固めるらしい。
雪を踏み固めても大丈夫なのかと思うのだが、そこはプロのすること、何か工夫でもあるのだろうと黙っておく。
それを馬や人が疲れないように役割を交代しつつ街と街を往復するのだという、今回はそれを大規模に長期間行っているらしい。
「ほほう、それは凄いのぉ」
「特に結界周辺の騎士は頻繁にそれをする必要があるか、体力や連携能力が高いんだ」
「ふむ、確かにあれほどひどい吹雪の中を進むならば、優秀にならざるを得ないじゃろうしのぉ」
すぐ先も見えない猛烈な吹雪を思い出しながらしみじみと呟き、だからこそワシはらもとより、神都へと巡礼に来る者たちも歩けるのかと納得する。
ふと窓から見た外では馬が鬣に積もった雪を厭うように首を揺らして振り落とし、同じ様に馬に乗った騎士も、鎧が直接体に当たらないように首元に誂えられたファーに乗った雪を大きく体を揺すって振り落とす。
その人馬一体の姿は微笑ましいが、どう見ても大変な中を頑張っているのにワシが何もしてない訳がない。
ワシの法術は、火を操るのが最も得意としているところ、流石に雪を考え無しに溶かすなどはしないが、爆風で雪を吹き飛ばす事くらいは簡単だ。
しかし、その提案はフレデリックやクリスによって止められた、曰く戦においてワシの活躍によって自分たちの被害は皆無といっても良かった、だというのに除雪などという些事にまでワシの手を煩わせたくないという。
ワシとしては大した手間では無いのだが、ここは彼らに華を持たせようとこうして馬車の中で大人しくしてるのだ、決して騎士の矜持がなどと言い出されて面倒になった訳では無い、のじゃ。
それはさておき、この十日間にちょくちょくと魔物の襲撃があるのだが、どれもこれもかなりの小規模でふらふらとした様子で、こちらに向かって来ては何事も無く騎士に狩られてゆく。
「それにしても、魔物共もこの雪で参っておるのかのぉ」
「ん? どういうことだい?」
「いやなに、到底勝ち目の無い数で、ふらふらとやってきては倒されておってのぉ」
「まさかこの雪の中見えてるのかい?」
今は襲ってきてはいないのだが、思わずなのだろう、クリスがべったりと窓に張り付くようにして外を眺めている。
「流石に見えてはおらぬのじゃ、何となく、じゃなぁ。こう気配と言うか、今もこう……うぅむ?」
認識の端に引っかかった哀れな魔物どもの気配に、またどうせすぐに狩られるのだろうと思いつつも意識を向け、急に言いよどんだワシを訝しむクリスを尻目に魔物どもの気配を探ろうと目を瞑り意識を集中させるのだった……
 




