846手間
一国の王の出立、たとえそれが弱小国の者であったとしても、お互いそれ相応の儀礼というものがあるだろう。
しかし、彼はワシらに挨拶することなく、拝辞など殊勝なことは必要は無いとばかりに事前の通達なく、兵たちに居丈高に門を開けさせ出ていったという。
先日の食事の時もそうだが彼の国は今、首元にナイフどころか、頭上に切っ先を下にした剣、周囲を槍で囲まれているような状況だというのに、どうしたらそこまで無駄に強気な態度に出れるというのか。
その答えというほど大げさでは無いが、理解は出来ないが納得できる話をフレデリックが持ってきてくれた。
「被害が少ないからじゃと……?」
「はい、といっても理解していないのは彼の王を含む上の方だけで、下の兵たちはしっかりと此度のことを理解しておりました」
先日の祝勝の宴の際、彼の王を含む上の者たちは宴の理由故に参加しなかったのだが、下の者たちは参加したのだ。
その気遣いをもっと別の方向にも回して貰いたかったところだが、今はそれは脇に置いておく。
「我が国の兵たちが彼の国の兵たちの話を、というか酒で滑らかになった口から漏れた愚痴だったということですが、殆どの兵が逃げたり生きて捕虜になっていた事から、戦うことなくそうしたのだろうと態々その兵たちの前で上の者が罵ったと」
「領土か派閥かしらんが別とはいえ、同じ国の兵、しかも戦いに出て生きて帰って来た者にそんな事を言うとは。報告を聞けば当然と理解できるじゃろうに」
「元々彼の王の一派は最初に攻めてきた者たちのことを、昔から腰抜けと見ているらしいので」
「難民の子孫じゃからかえ。そも難民なぞ、戦う術が無いか失い逃げるしかなかった者たちであろう、それを腰抜けと嘲るとは何とも。指導者としての器量なしは祖先からと言われても、仕方のない男ということかえ。しかし、ならばなぜ奴は戦うことなく膝を突いたのかえ?」
「それですが、他の派閥の者が農奴が大量に戦に動員されたことに気付き、戦で失われれば食糧がと慌てて王を選定して停戦を申し込ませたと」
「ふむ、その者の方が王として相応しそうな気がするのじゃが?」
「それがあの国では戦での功績でのみ王が決まるらしく、内政でいくら功を立てようと王の選定には関係ないそうです」
フレデリックの話を聞いて納得すると同時に、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
腹が減っては何とやら、国の食糧事情を支えているというのに無謀な戦を仕掛けた、後から考えれば変なことに気付いたが、なるほどそんな事情がと納得するしかない。
国としては重要であるが王には絶対になれない、そんな地位に野心ある者が就いた時に、魔導槍というおもちゃを手に入れてしまったと……。
「まさか、小国群の者どもは皆そんな考えではなかろうな」
「流石にそこまでは……」
ワシは天を仰ぎかけ、ハッとしてフレデリックに聞くが、彼は申し訳なさそうに首を横に振る。
戦でしか功績を考えず、戦わねば見せられようとも納得しない。
もし他の所も似たような考え方であるならば、小国群がいまだに小国群である理由の一端を理解したような気がする。
「統一は無理じゃな。圧倒的武力を用いようとも、すべてと戦える訳では無いのじゃ。そうすれば必ず納得せん者が出てくる、つまるところ獅子身中の虫を飼い続けねばならぬ、そんな状況でまともに治めれる訳が無いのじゃ」
「実際あの王の国も、元は都市一つと周囲の村々程度らしく、我が国に例えるならば精々土地を任された男爵か子爵の端くれ程度、先に起こった戦で四つほど国を併呑したらしいのですが、それぞれも似たような規模らしいので、やはり我が国では子爵の位からは出られないでしょう。単純に土地の広さを見ればですが」
「ふぅむ、土地の大きさの割に人は多いようじゃが」
「恐らくは魔物が居ないからでは無いでしょうか、それと戦が多いせいかは知りませんが、我が国の者と比べ寿命が短いらしいので、そこにも何かあるのかもしれません」
「確かに、寿命の短い獣人は子だくさんじゃな」
身も蓋もない事を言えば減りやすいから増やそうと、もしかしたらヒューマンにもマナの量の大小以前に、獣人と同じように寿命の違う種というのがあるのかもしれない。
何にせよ小国群には今後もこちらから関わることは止めようと、後日同じ話を聞いたクリスも同じ意見だったらしく、ワシらは無言でうなずき合うのだった……
 




