845手間
ワシがニヤリと笑えば、目の前の男は言葉の意味を探る様に眉根を寄せ目を細めることしばし、ようやく意味が頭に染み込んだのか、カッと目を見開く。
「それは、我々の覇道を邪魔すると、そういう事なのか?」
「邪魔とは異なことを言うのぉ、もしワシが小国群を統一しようと言うのであれば、おぬしらに譲ることも慮ることも必要無いのじゃ。当然じゃろう? おぬしの国はワシらの国に負けたのじゃ、それじゃというにおぬしはワシに自分の手伝いをしろ、じゃと? 図々しいにもほどがあるのじゃ」
やはりというか、自分たちが戦っていないからか、目の前の王はおろか王の背後に侍っている者たちも、納得がいっていないような不満が透けて見える。
自分たちは負けていない、負けたのは勝手に挑んだ馬鹿だけだ、逃げてきた臆病者どもの末裔だ、だから負けたのは当然だ。
彼らの心情としてはこんなところだろうか。
ワシからすれば誰が戦っていようがいまいが、群れの長である王が負けを認めたのだ、それ即ち彼ら自身の敗北でもあるのだ。
今更意地汚く、戦っていないから自分は負けてない等とでも彼らは言うつもりなのだろうか。
「しかし、我が国を無視してなど……」
「負け犬がほざくでない。おぬしらが生きておるのは、まだ国があるのは我らの慈悲じゃ。言い換えるならば、面倒じゃからじゃ、靴に入った小石を取り出したとて、わざわざそれを砕くようなことなどせんじゃろう、路傍に捨てて終わりじゃ。おぬしらはその程度の慈悲で生き永らえておる、それを忘れて手伝えだの無視するななどと、言葉で言うて分からぬならば消えてみるかえ? ワシの法術を見て逃げた豚鬼どもの方がよほど賢いわ」
「なっ! 我らが豚鬼ども以下だと」
「ん? そう言ったであろう? やはり理解できんかったか……」
やれやれと額に手を当て、ため息を交じりに大袈裟に首を振ればギリギリと歯を食いしばって、隠すことなく王とその護衛たちが憤怒を表している姿を、ワシは更に鼻で笑う。
「随分と負け犬の弱者が頭が高いのぉ。敗者ならば嘲りも当然と受け止めねば、勝者の勘気に触れると考えもつかぬかえ? 誰が負けようと戦力を温存しておろうとも、おぬしらは負けたのじゃよ、何よりも他ならぬおぬしが負けを認めたのじゃ。今更負けてないなどという言い訳は不可能、するならばもう一度負けるだけじゃ」
「はぁ、セルカの言い方はちょっときついけれども、実に当たり前の事だよ。我々がここで矛を収めたことに感謝し首を垂れることだけが、それだけが君たちに許されている。セルカに対する無礼もセルカが処罰を言い出してないから黙っているだけだよ、許可している訳じゃない。あぁ、自分は王だなんて言うんじゃないよ、難民が出たらこちらが困るから国として保たせてあげているだけで、我々からすれば君の身分は我が国の平民よりも下だ」
クリスも密かに怒りをためていたのだろうか、淡々とした口調ではあるが容赦のない、怒りと侮蔑を込めた言葉だ。
ここには国際法など無いのだ、勝者には全てを奪う権利があり、敗者は全て奪われるしかない弱肉強食の世界。
敗者に許される事があるとすれば、勝者の慈悲があることを祈るくらいだろう。
だというのに、なぜいまだに睨みつけるような視線を送って来るのか、あの金鎧とは別方面でこいつらもプライドが無駄に高いのだろうか。
それにしても、手合わせでは一方的にやられ、ワシのほぼ限界ギリギリでの法術も見ているはずなのに、どうしたらこう未だに強気でいられるのか、さっぱり分からない。
「そもワシらはおぬしらに興味は無い、興ろうが滅びようがちらりと一瞥すらせんじゃろう。統一されたら気にもかけるじゃろうが、それはどだい無理な話じゃろう。戦力もそうじゃが、何故かを理解しておらんようじゃからの、さっさと帰るがよいこれ以上話す価値も無いのじゃ」
ワシはもうこれ以上話しても無駄だと断じ、今まで誰かと話してなどいなかったかのように食事を始める。
「不愉快だ! 私はこれで失礼させてもらおう」
すると目の前の男は声を荒らげて、ガタガタと激しく音を立てながら椅子から立ち上がり、だっかだっかと憤懣やる方ないといった足取りで、護衛の者を引き連れて部屋を出ていく。
ワシはその様子をちらりとも見ることなく、やはり何も理解すらしてないのかと嘆息する。
「全く、子供とてもうちと話を理解すると思うんじゃがのぉ」
「本当に。僕としては小国群が未だに一つはおろか、ある程度すら纏まってない理由が分かった気がするよ」
「あぁなるほど、確かに一事が万事あの調子ではさもあらんのじゃ。あの男だけでなく後ろのも似たような反応じゃし、あれが小国群では当たり前なのかのぉ」
「自分で言っておいて何だけど、そうじゃ無い事を祈るばかりだよ」
「そうじゃなぁ……」
ワシとクリス、二人同時に嘆息しとりあえずはこれ以上関わることが無いだろう事が幸いだと、気分を変えるように果実酒を呷るのだった……




