844手間
調印という大事な用事が終わったので、彼の王は自分の国に帰ることになる。
それは当たり前の事であり、一応は一国の王なのだ、去る前に一席となるのも当たり前だろう。
クリスが同席するのも分かるが、なぜワシまで一緒に出なければならないのか。
そんな席に着いてのワシは、誤用も含めての憮然たる面持ちなのは言うまでもない。
何せいまだに滔々と、雄弁に小国群を統一した際の得とやらを語っているのだ。
「どれだけおぬしが弁舌を振るおうとも、ワシはもとよりクリスも頷かぬ。おぬしの語る利なぞ、ワシらにとっては何の魅力も無いからの」
「セルカ殿に来ていただければ、我が国の兵だけでなく、相手の国の兵や民の犠牲も減るのですぞ」
「戦わねば良いだけじゃろう、世界征服などとほざかぬだけマシじゃが、それでも統一なぞ器では無かろう。器なのはおぬしだけでなく、相争っておる者ども全てじゃがの」
得では動かぬと思うてか、徳に訴えかけてきたが、ならばまずお前が徳を積めと言いたい。
せねばならぬ、戦わねばならぬ戦で散る命を厭うのならば分かるのだが、他者を踏みにじるための戦の散る命を惜しむなら、まず戦をするなと。
なぜそんな、子供でも分かりそうな理屈を説かねばならぬのだ。
「しかし、」
「しかしもかかしもないわっ! 戦をしたいのならば勝手にして勝手に死ぬがよい、我が国に手を出さぬならば、おぬしらがどう生きようとも何も言わぬ。それとも何かえ? 親に買うてもろうた玩具の城で、王様気分に浸りたいのかえ? 大それた夢を語るのであれば、それに見合う実力を付けてから申せ」
ワシはふんっと吐き捨てるように鼻を鳴らし、用意された食事に何事も無かったかのように口を付ける。
目の前の男は苦虫を噛み潰したような顔で、何故かどうして頷いてくれないのかと、目の奥に怒りを宿している視線でワシをねめつけている。
「そも、なぜワシに助力を乞う。ワシの力で念願適おうと、それは誉れではなく恥でしか無かろう」
「小国群統一は我らが悲願、それが私の代で、今、目の前に、適えうる術があるのだ、何故そこで願うことを厭おうか」
「はっ、父祖の地じゃ統一じゃと気の多い奴らじゃ」
「父祖の地などと言っているのは奴らだけだ、大昔に戦で負けて逃げてきた者の末らしいからな」
実に忌々しそうな顔で、侮蔑を込めて言い捨てる姿からは、よほどあの金鎧の一派を下に見ていることが分かる。
が、しかし……。
「ワシに言わせれば、あやつらも、おぬしらも同類よ。己の力で成せぬならば、それは分不相応と知れい」
「だからこうして助力を乞うているのだ」
「人の助力を引き出すのも己が力じゃ、否定はせぬ。しかし、おぬしはそれも出来とらん、諦めて次代、次々代に期待し鍛えるがよい。その末を見るくらいは気が向けばしてやろう」
かなり厳しいことを言っているがクリスは止めるつもりも諫めるつもりも無いのか、泰然とした様子でこちらの話に耳を傾けることもなく食事に口を付けている。
それをこれ幸いと溜まっていた鬱憤を、今晴らすように目の前の男を言葉で叩きのめした上から更にのめす。
「おぬしだけでは無いわ、小国ですら治め切れておらぬ者たちが大国を統べれる訳が無かろう、赤子ですら自分で持てる物の大きさくらいは理解できるのじゃ」
「我々が、いや小国群全てが赤子だと?」
「そうじゃ、そんな手で無理矢理固めたものなぞ端からボロボロと崩れるだけじゃ。ワシが固めて渡してやろうとも、すぐに取り落として砕くのは目に見えておるしの」
もうぐうの音も出ないのか、両手をぐっと握り振るわせるしか出来ていない。
「じゃが……、陛下の言葉次第では小国群統一も吝かではないがの」
「えっ」
唐突に、手のひらを反すようなワシの言葉に真っ先に驚いたのは、隣で食事を一人楽しんでいたクリス。
何か口を開こうとするクリスを目で抑え、再び男へと顔を向ける。
「その時は小国群悉く、一つの国となるじゃろうて」
「おぉ……!」
「聖ヴェルギリウス神国として、のぉ」
今までの冷酷無情な言葉から一転、希望が見える言葉に喜悦を浮かべる男に向かい、実に悪い顔でワシはニヤリと笑い、そう囁くのだった……
 




