842手間
つつがなく調印も終わり、後は帰るだけだがその前に、戦が終わったことを祝してささやかだが、祝宴が開かれる事となった。
流石に彼の国の一行は王も含め、祝宴に出ることを断って来たが、それは当たり前だろう。
彼らにすれば自分たち、しかも一部の阿呆の暴走によって、いつの間にか負けていた戦を祝う宴なのだから。
「それにしても、あの王さまには参ったよ」
「何かあったのかえ?」
ワシとクリスやフレデリック、そして上位の騎士や兵たちだけの宴の席で、果実酒を飲みながらクリスがぽろりと愚痴を溢す。
ちなみに他の騎士たちや兵は外の広場で、今頃どんちゃん騒ぎをしている頃だろう。
聞かなかった事に出来る者たちだけが、ここにいるからこそ出た愚痴なのだろうが、それにしても他にも調印に臨席というか護衛に出ていた者たちが同意するように頷いている。
「実際はもっと回りくどい言い方だったけれども、要はセルカを貸してくれ、神国に損はさせない、って事を言い回しを変えて何度もね」
「ワシに脅された後じゃというに、よくそんな話が出来たもんじゃのぉ」
「私から話が来たら、セルカも断らないと思ったんだろう。損はさせないなどと言っておきながら、その根拠が他の小国群の鉱山なのだから呆れたものだよ。彼は気付いていなかったみたいだが、小国群を統一してそこを通って王国と交易が出来れば、長い目で見れば十分な利益になるけれども」
「確かにそうじゃな、ワシがおれば小国群統一なぞ容易いじゃろう。しかし問題はその後じゃ、どういう理由で小国群の者たちが相争ってるかを知らんからのぉ、崇め奉る者でも居らん限りはすぐにまた、今度は内乱として争い始めるのがオチじゃろう」
「あぁ、それは私も気になったから聞いてみたんだけれども、彼ら自身も良く分かってないらしいよ。神国が建国されるよりも前から、いざこざはずっとあったらしいからね」
「ふむ、それも致し方なしじゃろうなぁ。この辺り一帯は元々都市国家が乱立しておって、それを統一して出来たのが独立する前の神国も含めた王国の興りじゃからのぉ」
その時からの確執ならば統一は不可能、いや、王国や神国の例があるのだから絶対に無理とは言えないが、その二国と違い小国群は今も争っているのだから難しいだろうと言えば、クリスだけでなく周囲でお酒を飲んでいた騎士たちや兵たちまでもびっくりしたような顔をしていた。
「なんじゃ、おぬしら。そんな間抜けな面を晒して、なんぞ変なことを言ったかえ?」
「いや、セルカ……、なんでそんな事を知ってるんだい? 僕ですら、いや、父上も知らないんだけれどそんな話」
騎士たちの手前、私と言っていたクリスが思わず僕と言ってしまうほどに驚いていたのを見て、ワシも驚く。
ワシがこの話を聞いた時は、こんなの常識です見たいな感じで軽く教えられたと思うのだが……。
「何処に居るとは流石に教えれんが、ハイエルフから聞いたのじゃよ」
「はいえるふ?」
「んむ、ワシと同じ様に長命な種族での、なんであんなとこに居たのかは知らんが、その統一戦争を見ておったらしいからの」
「セルカ以外にも、そんなに長生きする種族が居るのか……」
「ワシの場合、種族ではなく個ではあるがの。とかくハイエルフというのは種族は長命じゃ、いや、長命と言うのも烏滸がましいの、長いものは二万ほども生きるからのぉ」
「はっ、二万?」
流石にそれは嘘だろうと騎士たちだけでなく、クリスの表情までもがそう言っている。
「といってもハイエルフの中でもそこまで生きる個体は稀のようじゃし、それだけ生きると殆ど自我は無く死ぬまでの間殆ど寝ておるようじゃがの。しかも、本来であればマナに耐性のあるものであろうと体調を崩すか死にかねんほど高濃度のマナの下でしか生きられん、はずなのじゃが……、あの子はほんに何であそこにおったんかのぉ」
「長生きしても自我が無いのはいやだなぁ」
「まぁ、普通はそうじゃろうな、彼らにとっては神聖視しておるモノと同一化するという意味で、自我が無くなることを誉れとしておるようじゃったがの」
「そうかぁ、世の中色んな人が居るもんだねぇ……」
短命な者と長命な者では元々の長寿に対する考えが違う、長生きの果てに自我を失う恐怖を想像して震える彼らを見て、それでもなお泰然としていた世界樹の許にいた者たちを思い出し、ワシは苦笑いとも微笑みともつかぬ表情を浮かべるのだった……
 




