83手間
久々にカカルニアへと帰ってきた。当初の目的は果たせずサンドラには悪いが、その代わりに手に入れたものの価値は計り知れない。
三期初の月も中頃を過ぎ、街を出た時の様な暑さはもう流石に感じず過ごしやすい気温になっていた。
いつもの宿に着き、アレックスが馬車を預けて戻ってくる。
「そういやセルカは宿の部屋はどうする?」
いつもならこのまま宿の部屋を取るのだが、今回はカルンの家に行くという事だったので取るのかどうか聞いてきた。
「ん~む、いきなりお邪魔して世話になるのも悪いしの、ワシの分は取っておいて…」
「あ、大丈夫ですよ。僕の家は客人も多いので客室がありますし、何より両親は客をもてなすのが好きですから」
「む?そうなのかえ?それならばお言葉に甘えるとしようかのぉ…」
「そうか、分かった。俺たちは暫くは狩りでもして適当に暇つぶしてるから、何かあったら宿に言付け頼むわ」
「んむ、了解したのじゃ。それではカルンや、道案内頼めるかの?」
頷いたカルンに手を引かれ居住区画を進む。中央に向かっているのは分かるが、元々戦争をしていたからなのか、はたまた無秩序に家を建てたからなのか大きい通りですら複雑に曲がりくねり、通った道を戻ることはくらいは出来ても一人なら確実に目的地にたどり着くなんて不可能だろう。
「う~む、周りの家がかなり立派になってきたのじゃが、実はいいところの出じゃったのかえ?」
「えっと…そうですね…」
困ったかのような顔でカルンがはにかむ。客室があると言っていたし、以前にも確か家の跡取りがどうのって言っていたから、ある程度予想はしていた。
石造りの土台の上に品の良い装飾が申し訳程度に付いた鉄柵添いに歩く、目隠しの生け垣で中はうかがい知れないが大きさ的にこっちは領主の館だろう。
「これほど領主の館に近いとは相当な…」
「着きました、ここが僕の家です」
マナーとか大丈夫じゃろうか、どこの馬の骨とも知らない奴とはなどと言われないか、内心で戦々恐々していると不意にかけられた言葉に顔を上げる。
「ん?カルンや…ここは領主の館じゃと思うのじゃが…?」
「えっと…そうですね、カカルニアの領主、カカルスが僕の父です」
「な、なんじゃとー!!」
驚いて上げた声を聞きつけたのか屋敷のほうから人がやってきた。怪訝そうな顔で駆け付けたその人影は、カルンの姿を見つけると顔を綻ばせる。
「これは坊ちゃんお帰りなさいませ。此方にお戻りになられるのは何時ぶりでしょうか?奥様も心配しておられましたよ。おっと、私とした事が。これ以上の立ち話も何ですし、丁度お庭で奥様がお茶をしておられますのでどうぞ此方へ」
そう言って門を開いた男性は灰色の髪をオールバックにして口ひげを蓄え、好々爺然とした目に眉尻の少し下がった厚い眉毛、燕尾服ではないがキッチリとした服装に身に包んだ、まさにセバスチャン。まさに執事といった感じの初老の人だった。
「おや、坊ちゃん。そちらのお嬢様は何方ですか?」
紅茶とか高い所から入れたら似合いそうとか一人勝手に盛り上がっているとセバスチャンが私を見つけカルンに誰何する。
「えっと…父と母に彼女を紹介しようと…」
ほぅとため息か感嘆か漏らすと一瞬ニヤリとしたセバスチャンだったが、すぐににっこりとした表情に戻りワシを見つめてくる。
「あ、ワ、わた…ワシはセルカというのじゃ…申しのじゃ…」
ハッとして名乗るが、無理に敬語を使おうとしてかえってめちゃくちゃな言葉遣いになる。
「どういう方かは後でぼっちゃんが説明してくれるんでしょう?ですので無理に言葉遣いを改める必要はありませんよ、いつも通りでどうぞ」
「そ、それは助かるのじゃ…」
「それではこちらへ……おっと私とした事が。失礼しましたセルカ様、私めはこちらのお屋敷で旦那様の執事をさせて頂いておりますラインハルトと申します、以後お見知りおきを」
推定セバスチャン改めラインハルトは一度屋敷へ先導しようとしたが、立ち止まり振り返るとそう言って恭しくお辞儀してくるので、つられてこちらもお辞儀してしまう。
「ふふっ、それでは改めましてこちらへ」
今度こそ歩き出したラインハルトに連れられて敷地に入ると正面に見えたお屋敷は、石で組まれた重厚な造りでどこぞの成金屋敷とは違い装飾も少なく落ち着いて厳格さを感じさせる洋館といった風情だった。
屋敷へとは向かわず右にそれ、綺麗に手入れされた花壇や植木の中に置かれたテーブルとイスでお茶を楽しんでるであろう女性二人に近づいていく。
「あら?ライニお客さん?今日は彼女以外予定は無かったと思うんだけど?」
「お楽しみの最中申し訳ありません、それとお客人ではありませんので予定は入っておりませんでした」
お茶を楽しんでいた女性のうちの一人が近づいていたラインハルト――ライニは愛称だろうか――に気づき声をかけ、態とカルンを陰にして見えない様にしていたのかスッと横にずれてカルンを前に促す。
「カルン!帰って来たのね!もう…手紙くらいよこしなさい?お母さん心配したでしょう?あの人もあの人で、見聞を広めるために出て行ったしか言わないし」
そう言ってかわいらしく拗ねて見せたカルンをもっと女性的にしたかのような容貌の象牙色の髪をした女性…自分でも言ってるし彼女がカルンの母親だろう。
「きつねさん~もふもふ~」
カルンに目が行っているのかワシに気づいてない彼女をぼんやりと見ていると不意に背後からぼふっと尻尾に抱き着かれる。
尻尾に抱き着かれている為、向き直ることも出来ず体を捻ってみると、四、五歳くらいの女の子が尻尾に頬ずりしていた。
「あっ!こら、カシス様のお客人になにしてるの!」
カルンは末っ子のはずだし誰だろうと考えているとお茶をしていたもう一人の女性が、慌てた様子で駆け寄りその子を抱き上げる。
「いやいや、大丈夫じゃよ。それにしてもかわいい子じゃのぉ」
やーやーと可愛くぐずる子供を抱きかかえてカルンの母に謝っているが、気にしないでいいとその子を撫でている。そこでようやく気付いたのかカルンの母、カシスがワシを見つける。
「あらあら?その女性は誰かしら?」
「あ、カシス様、私はこれで失礼します。本日はお招き頂きありがとうございました」
「もう少しゆっくりして言ってもいいのに、そうねありがとう。またいつでもいらっしゃい」
カルンが口を開く直前、お客とみられる女性は子供を抱えたまま優雅にお辞儀をして去っていく。ライニが送ると申し出たが、大丈夫だと言って一人で帰っていった。すれ違う時ウィンクされたし、たぶんあれ気づいてるなぁ…。
「とりあえず二人とも座って?さてカルン、ちゃんと紹介してくれるんでしょう?」
いつの間にかもう一脚用意されてたイスに二人で座ると、どういう関係かは凡そ気づいているのだろう期待を込めた目でこちらを見ている。
その瞳に問答無用で断られることは無さそうだとほっと一人胸を撫で下ろす。
「えっと、彼女は…恋人と言うより妻のセルカです」
「セルカです…じゃ」
妻と言う一言にドキドキしつつぺこりと頭を下げる、何か言われるかなと恐る恐る顔を上げると。
「ホント!本当に!よくやったわカルン!まさか貴方が兄弟で一番乗りとは思わなかったわぁ。ライニ!今すぐあの人を呼んできて!仕事とかどうでもいいから!今!すぐに!」
「かしこまりました奥様」
飛び上がらんばかりの様子でライニにあの人…たぶんカルンの父親を呼びに行かせ、まさに喜色満面といった顔のカシスがそこに居た。
「えっと…カシス…様?」
「あ、ダメよセルカちゃんそんな他人行儀」
「義母様…?」
「ダメよ!お母さんって呼びなさい!カルンのお嫁さんなんだから私の娘!そうよ娘よ!私、女の子が欲しかったのよねぇ」
予想を良い意味で裏切り逆に何故かわからないが気に入られたようだ。確かに男だけの兄弟で娘がほしかったのも本当なのだろうけど、それでもびっくりするぐらいの歓迎具合だ。
「帰ってきていたのか、カルン」
低く威厳のある声に振り返ると、赤味の入った金髪をきっちりと切りそろえた厳格なと言う言葉を体現したかのような男性が立っていた。




