838手間
左側頭部に剣の中程、一番威力が乗る場所が直撃する。
しかも木剣や刃引きされた模擬剣ではなく、実際にそのまま実戦で使える真剣で、だ。
まずもって直撃した所はズタズタ、頭の骨も砕けて、いや、体重と剣の重さも乗り刃も立てられた一撃だ、頭の半ばほどまで断ち切れるかもしれない。
ただ致死の一撃を受けたのはワシだ、髪の毛一本、薄皮の細胞一つ潰れてすらいないだろう。
被害らしい被害といえば、頭をぐっと押されたようにたたらを踏んだくらいだろうか。
あと多分埃くらいついてるかもしれないと、パンパンと何事も無かったかのように顔を手で払う。
「途中ですまんの、今日の手合わせはこれで仕舞じゃ」
「あ、あぁ、いや、あぁ、……わかった」
腕までは何とか理解できていても、頭に直撃して平然としているのは理解が追い付いていないのか。
ワシの言葉に何とも気の無い返事をする彼の王に、やや違和感が落ち着いた左手から目を移す。
「マナの通ってない一撃なぞ、鳥の羽でくすぐられたのとさして変わらぬから気にせずともよい。まぁ、言葉通り決死の覚悟でマナを込めた至上の一撃じゃろうとも、同じじゃがの」
「これで我が国に何か要求することは……」
「無い。子供とじゃれておって、その時にぺちりと叩かれたとて、それを咎める大人なぞおらんじゃろ。ワシにとってはその程度のものじゃ、重ねて言うが気にせずともよい」
「かんしゃ、する」
一応権力者ということでそういう事も気にするのか、随分とワシを、というよりも自らの身が心配そうな表情で聞いてきたので、ひらひらと右手を振って否定する。
そんな事よりもとワシの視線も既に左手に戻っている、周囲は既に気にせず左手を握ったり開いたり、ためつすがめつ確認する。
左手の、いや左腕の肘辺りまで何とも言えない、息を吐くのを我慢しているような、くしゃみが出そうででない時のような奇妙な違和感に片眉を上げる。
「ふぅむ、何じゃろうなこれは……」
ぶんぶんと腕を振ってみても、その違和感は離れない。
奇妙な違和感は気にすれば気にするほど不快感へと変わってゆき、左腕を試しにさすってみても拭えない。
イライラする程では無いが柳眉をひそめ、手合わせ用にと用意された動きやすいややゆったりとした服の袖をまくる。
当然そこには何の変哲もない、綺麗なワシの腕があるだけで、何かの炎症を起こしている訳でも無く頭を捻る。
「むぅ、もしや……ふむ、試してみるかの。おぬしら、ちぃとばかし離れておれ」
ワシの行動に何事かと集まっていたクリスやフレデリック、騎士たちを離れさせ二の腕まで服を捲った左腕を誰も居ない方に突き出す。
そして、右腕を魔手へと変える時のように左手の宝珠に集中する、すると左手から肘にかけて逆巻く水晶のような夜空に星雲を閉じ込めた晶石のガントレットに覆われる。
ここまで想定内、何ら驚くことは無い、しかしその左手に握られたモノにワシはしかめていた柳眉を驚きでぶわっと持ち上げるのだった……
 




