835手間
砦に戻り軽く埃などを落してからベッドに転がり、改めて左手の甲に出来た宝珠を眺める。
マーキスカットされた夜空を思わせる濃紺の宝石の中に、星雲が閉じ込められたような不思議な輝きを放つそれは、ワシの身から抉り出しても手に入れようと考える者が出てくるのではないかとちらりと思う、それほどまでに美しい。
無論ワシにその様な事が出来る者が居るかどうかは別として、ちょっと眉をしかめるような想像をして、ふと身から切り離された宝珠はどうなるのだろうかと考える。
そもそもこちらでは殆ど宝珠持ちが居ない上に、宝珠とは言うもののその見た目は、そんな恐ろしい事をしでかしてまで手に入れようと思うほどの宝石的価値は無い。
むしろそういうモノを集める、倒錯的な変質者が居る可能性も無きにしも非ずだが、そもこちらには宝珠持ちは殆ど居ないし大丈夫だろう。
一応ワシが知る限り二人いるが、一人はハイエルフで種族的に魔法の腕は一級品、しかも王国との縁もどうやらあるようだしまず手は出されないだろう。
もう一人はカルンだがこちらこそ大丈夫であろう、乳飲み子の頃から傍に居るからすっかり忘れてしまっていたが、彼はクリスと同じ王太子、それに手を出そうなど即ち身の破滅。
まぁ大丈夫だろうと高を括りゴロンと転がって、今度は陽の光が左手の宝珠へと当たる様な位置でまた眺める。
「どんな力があるのかのぉ」
左手の甲を右手の指の腹で擦れば硬質な感触、しかしそこに異物感は無く、爪や関節の硬い所を触っているような不思議な感覚だ。
元来宝珠に特殊な能力など無い、マナとの感応性を増すことが能力といえなくも無いが、カルンの周囲のマナを引き寄せる力もその感応性が過敏であるだけだ。
しかし、ワシには魔手がある、そして何より異常な経緯で我が身に宿った宝珠だ、さしたる能力が無いなどと思う方が無理からぬもの。
吐く息を我慢しているような、うずうずしているような感覚を左の手の平に覚えていると言うのも、その考えに拍車をかける。
幸いそれを知るための時間はたっぷりある、んふんふと上機嫌に宝珠を撫でていると、コンコンとノックの音が部屋に響く。
「誰じゃ?」
「お休みのところ申し訳ありません、フレデリックでございます」
「何ぞあったのかえ?」
扉越しにフレデリックの話を聞けば、彼の王が再び手合わせを所望しているということだった。
「アレを見てなお挑まんとするとはのぉ」
「流石に如何に矮小とはいえ一国の王、私の一存でお断りすることは出来ず申し訳ございません」
「ふむ、よい丁度暇じゃしの、受けてやるのじゃ」
「かしこまりました、それでは先方に伝えて参ります」
「んむ」
カツカツとフレデリックの足音が離れて行くのに合わせ、ベッドから起き上がり縁に腰かける。
いやいや中々にタイミングが良い、宝珠の能力を引き出すまで行かずとも、その切欠にするには丁度良い機会だろう。
それに新たに宝珠を獲得したからだろうか、体に力がみなぎり仕様がない。
ワシにとっては最高のタイミング、相手にとっては最悪のタイミングでの申し出にニヤリとほくそ笑む。
パンパンと軽く両頬を手で叩くと、ぴょんとベッドから飛び降り、天に手を突き出すようにぐぐっと背伸びを一度するのだった……




