834手間
クリスやフレデリック、騎士たちに晶石に触れさせても、ワシの様な不思議な感触を覚える者は居らず。
多少宝石に明るい者でも、その硬さ以外はひんやりとした、宝石独特の手触りだと言う。
「ふぅむ、やはり殆どワシのマナで出来ておるからかのぉ」
「セルカ様以外では分からないという事でしたから、恐らくは」
しかし、そういう事ならば今は好都合、ワシ以外よく分からない感覚があるというならば、何が起きようと不思議では無いだろう。
例えば急に消えたりとか、収納したところで何が起こったか分からず、ワシのマナから出来ているからといえば、何とでもなるはずだ、たぶん。
「何はともあれこの晶石じゃが、ワシの見立てであれば安定しておる。しかし、いつ何時その安定が崩れるやもしれん、じゃからここはワシが――」
左手をぺたりと晶石に触れ、回収しておこう、そう言おうとした瞬間、腕輪に収納するよりも早くしゅるんとワシの手に吸い込まれるように、晶石が掻き消える。
「うやっっ!」
「セルカ様!!」
ワシが素っ頓狂な声をあげたからか、フレデリックが焦り駆け寄って来る、クリスも少しの間呆けていたがすぐにワシの下へと駆け寄って来る。
「大丈夫じゃ、ちょっとくすぐったかっただけじゃ。ワシに大事無い」
羽毛で皮膚の裏側からくすぐられているような、気持ち悪くも悍ましくは無いが、慣れない感覚に左手の甲を押さえる。
恐る恐る右手をどけ、片目を僅かに細めつつ左手の甲を見れば、そこには先ほどまでそこにあった晶石と同じ色彩の、しかし晶石のように原石を適当に削ったようなモノではない、正しくマーキスカットされた宝珠がそこにあった。
「お、おぉお?」
「セルカ、それはまさか?」
「宝珠、いや、こちらに合わせて言うならば証、かの?」
ためつすがめつ見てみても、何度目を瞬かせようとこれは宝珠以外の何かには見えない。
「証ってこんな風に出来るモノなのかい?」
「いや、ワシも良く知らぬ。後天的に出来ることもある、ワシもそうなった者を見たことはあるが……出来るのを見るのは初めてじゃ」
カカルニアで実際に何度か後天的に宝珠が出てきた者に会ったことはある、というか何故かワシの下に嬉しそうに報告しにくるから、そんな者を知っているというだけだが。
だがしかし、一転宝珠が出来る瞬間というのを見た者は、ワシ含め誰も居ない。
何せ大抵の場合は生まれた時から持っている物であるし、後天的に出来た者も朝気付けばなどと、本人たちもよく分かっていない。
何にせよ見たからどうしたと言った類のモノである上に、本来は今のワシの様に晶石を取り込んで出来る物でもないので何の役にも立たないが。
「とりあえずまぁ、あれじゃ、これで一件落着じゃな」
「え、えぇ、そうですね」
何とも気の抜ける話ではあるが、これで晶石がどうにかなるかもしれないという問題は無くなったも同然。
未だ事態がよく呑み込めていない騎士たちを引き連れて、この宝珠はどういう能力があるのだろうかと空に左手をかざすように宝珠を眺めながら、砦へと帰るのだった……




