832手間
木立に囲まれたちょっと広めの運動公園といった趣の広場。
その真ん中でワシは木の棒代わりの木剣を、両腕を肩幅よりも広げて持ち掲げ、ぐぐっと背を伸ばしつつ体を左右に倒してストレッチをする。
ぐにぐにと体を解きほぐすような感覚は、例え殆ど意味がない事であったとしても気持ちいい気がする。
「あぁ、ようやく動けるのじゃ、やはり運動は良いのぉ。誰の影響か知らぬが召使いの者どもまで過保護になりおってからに」
「気持ちは分からないでもない」
クリスが言う気持ちっていうのは、確実に召使いたちのだよね。
思わず心中でツッコミを入れてしまうほどに、一言呟いたクリスの表情は真剣だ。
しかし、ワシが思うにクリスのあの召使いたちの気持ちも、微妙に違うのではないかと思う。
召使いなんて仰々しく呼んでいるが彼女らは兵隊に雇われた近隣の村や町の女性たち。
主に子供が独り立ちしたり夫を亡くした未亡人などを、ほんのわずかな税の軽減とお給金で雇って働いてもらっているらしい。
未亡人なんて聞くと儚げな印象を持ってしまうが、そんな者は比較的すぐに新しいお相手が見つかるので、残るのはぶっちゃけてしまえばおばちゃん連中だ。
田舎のおばちゃんという存在は、古今東西、天上天下、異世界だろうと何だろうと、お節介が標準装備。
色が全体的に白いワシはおばちゃんたちの目から見たらどうも、随分と淡く儚げに見えるらしくしかもそれがベッドの上となれば、それがおばちゃん連中のお節介魂に火を点けたらしい。
「ここは基本的に右も左も男ばかり、しかも騎士は普段はここに駐在しないから残るはむくつけき男ばかり、そんな中にセルカみたいにかわいい子が来たらさもありなん」
「うぬぬ、まぁ、悪い気はせんから良いのじゃがの。しかしあれじゃな、粥はもうええと言うたらまさか色んな種類の粥が出てくるとは思わんかったのじゃ」
「粥ってあんなに種類があるものなんだねぇ」
しみじみと呟くクリスの頷きに、ワシも同意と首を縦に振る。
麦粥をはじめとしてパン粥に芋粥に、乳粥などなど田舎のおばちゃん連中の工夫は侮れないなと毎度唸ったものだ。
「ところでセルカ」
「なんじゃ?」
「もう立ってる人いないけど?」
クリスの言葉にふと周囲を見渡せば、死屍累々とは言わずとも汗を拭きだし膝を突き肩で息をする者、地面に大の字に寝転がっている者、既に気を失っている者と、クリスとワシ以外立っている者は居ない。
ワシの病み上がりの運動に付き合ってくれた、騎士や兵たちの亡骸だ。
「おぉ、おぬしらご苦労じゃったな、よい運動になったのじゃ」
「ざ、座下のお役に立てたようで、恐悦至極に存じ、ます」
ぜひゅーぜひゅーと息をしながら何だったかの騎士の隊長が、跪いたのかそれとも立つのに失敗したのかよく分からない体勢で頭を垂れ、ワシの言葉に何とか反応する。
「彼らにも良い修錬となったでしょう」
「おぉ、フレデリックかえ、例の晶石の回収はどうなったか聞いたかえ?」
「はい、セルカ様」
ワシがストレッチ代わりの運動の終わりを告げれば、狙いすましたかのようなタイミングでフレデリックが現れ慇懃に礼をする。
そんなフレデリックに頼んでいたのはワシが生み出した晶石の回収状況について。
道中で魔物や野盗に出会った訳でも無く、行って拾って帰って来るだけというのにいやに時間が掛かっているので、気になって担当している者たちに聞きに行ってもらっていたのだ。
「どうやら回収に向かった者たちの想像よりも大きく重かったらしく、荷馬車などを用意したために遅れが生じているそうです」
「ふむ、そうじゃったか。なれば致し方ないの」
遠目からは正確な大きさは分からなかったが、荷馬車が必要なほど大きく重いのかと、ますますどんなモノになっているのか楽しみだとにんまり笑うのだった……




