831手間
何日かしてようやくクッションの支えなく、体を起こすことが出来るようになった。
毎度毎度ワシが体を起こそうとするたびに、決壊寸前の川岸で土嚢を積み上げる作業をしている人の如くの怒涛の勢いでクッションを積み上げるものだから、毎度毎度内心軽く引いていた。
「セルカ、何でそんなに回復が遅いんだい? 怪我をしてる訳でも何処かを悪くしている訳でもないんだろう?」
「うむ、その通りじゃな」
クリスはワシが仮病では無いかと疑っている訳では無く、純粋に心配し不思議に思っているのは表情を見れば分る。
今のワシは単純に体力不足、起動に必要なエネルギーが足りていない状況だ、大きな施設であればあるほど起動させるのに時間が掛かるし、それに必要なエネルギーも莫大なものとなる。
流石にこの例えはクリスに通じないだろうので、他に上手い例えが無いだろうかと考える。
そこでふと目の端に、サイドチェストに置かれた水差しが目に入る。
「そうさの、体力が人それぞれなのは当然じゃな?」
「あぁ、そうだね」
「大抵のもんの体力は瓶や樽に入った水程度のもんじゃ、適当に使えばすぐに涸れるが補うのも簡単じゃ。しかしワシの場合は大きな深い湖じゃ、早々簡単に涸れぬし常に滾々と湖底より水が湧き出し大河が流れ込んでおる。しかし、しかしじゃ、一度そこが涸れればどれ程の量の水が流れ込んでおろうと、再度並々と水を湛えるにはどうしても時間がかかる、ワシはいまそういう状況じゃ」
「体力が回復しきってないっていうのは分かったけど……」
理解しきれていない様子に、ふむと唸ってまたも良い例えはと首を傾げる。
「そうじゃのぉ、例えるならば……オーブンかのぉ、普通の人はまぁ、普通じゃ、予熱にさしたる時間も薪も必要ないが焼けるものは一人から数人分程度じゃ。それに対してワシは超絶にして空前絶後の巨大オーブンじゃ、一度冷えてしもうたらまた使える温度まで予熱するのは時間がかかる、そんな感じじゃな」
「う〜ん、分かったような分からないような」
流石に王子なだけあってオーブンの使い方なぞ知る訳もなく、何となく使えるようになるまで時間がかかるという事だけは理解してくれた。
流石にこれ以上はワシとしても例えようが無いし、感覚的なモノを例えている訳では無く、恐らくこうであろうという理由を話しているのでワシとしても正解を話し辛い。
「要は絶対安静という訳でも無いけれど、安静にしていないとダメって事だね?」
「概ねそんな感じじゃな」
オーブンのことを想像したらピザとか焼きりんごとか食べたくなった、焼きりんごは無理でも近いモノなら多分宮殿に帰ったら食べれる、ただここでは無理だ、果物はみんな保存を考えて干されている、近場の街などのことを考えても新鮮な果物は望むべくもない。
ピザはまんまは無くても似たようなモノはあるはず、パンがあるのだから当然オーブンはあるのだしチーズもある、パンチェッタもあるしハーブもある、ならば無くともピザを再現するのは簡単だ。
問題は確実に用意してもらえないという所だろう、ピザはお上品に食べるとは程遠い所にあるモノだと思うし……。
あぁ、こう考えると好き勝手食べれたハンター時代が懐かしい。
「セルカ?」
「あぁ、いや済まぬ、オーブンなどと例えたものじゃから焼き菓子なんぞが食べとうなっての」
「作ってもらうのはすぐには無理だろうねぇ、たぶんだけど砂糖を備蓄してないだろうし。今から町に買いに行かせようか?」
「いや、帰った時の楽しみに取っておくのじゃ、それよりもあれじゃ……。もう粥はいらんと伝えてくれんかの」
ワシがまだベッドの上から動けないから弱っていると考えているのだろう、若干具が増えた程度で未だ粥主体の食事にワシは遠い目をするのだった……




