829手間
ベッドの上で上半身を起こせるようになったのは翌日だった、しかしそれ以上は上手くいかない。
何と言えば良いのだろうか、筋力が低下しているのを疑似体験させられているような、体の大半を工事中だからまともに動かせないような、そんな不思議な感覚だ。
それだけの無茶をワシはやらかしたということなのだろうが、その点は反省すべきだがワシだからこそ無茶をやらかした程度で済んだと自画自賛する。
調子に乗った結果の自業自得なので、自画自賛は心の内だけに留めておくが……。
「折角じゃ、ワシが寝ておる間のことを聞かせてもらおうかの」
「無理はしてないよね?」
「う? うむ、もちろんじゃ、そうせねばならぬ時は無理でも無茶でもしようが、それ以外ならば王が頼み込もうが無理はせんからの」
「そうだったね、セルカはそんな性格だったね」
クリスは何とも言えないほっとしたような、呆れたかのようなため息をついて苦笑いする。
確かにクリスが心配するのも分かる、何せ今のワシは見た目だけならば重病人。
なんとか体を起こせはするが、その姿勢を維持するには背中側に土嚢のように積まれたクッションを用意せねばならない。
そのせいかクリスは意外と世話好きというか心配性なのだろう、何かにつけては部屋に来て、食事も全てワシとこの部屋で食べると取り付けたらしい。
今朝にしても昨日約束はしたがワシが起きないとでも思ったのか、朝食と共にお越しに来る始末。
しかも、いや、これは食事を作っている者が気を利かせただけなのだが、クリスの朝食はパンなどを中心にした定番のものに対し、ワシの朝食は小麦をお粥にした実に胃に優しそうなもの。
粥といってもコンソメの様なスープを使っているのか、しっかりと味が付いていて美味しかったのだが、やはり何と言うか物足りない、少食なので量自体は足りたのだが……。
「とまれ、いまはあれじゃ先ほどの話じゃ」
「セルカが倒れた後ね、あの後は治療師に診させてから砦に急いで戻ってね、大事はないと言われたけどずっと眠りっぱなしで心配だったよ」
「いや、そうで無くての、倒れる前に何ぞ空から落ちるのが見えての、それを回収しておらんかと思うてな」
「何処に落ちたか分かる?」
「さてのぉ、見たのが正しければ、あの爆発のほぼ中心に落ちておるじゃろうて」
しっかりと見れなかったので絶対にとは言い切れないが、アレはほぼ間違いなくワシが封じたマナで出来た晶石のはず。
厳重に封印した上に外殻はあれ程の莫大なマナが凝固したモノ、並大抵のモノにどうこうできる代物ではないと思うが万が一がある。
放出されようとするマナを利用した封印であり、最終的にはワシと違いマナを生成している訳では無いので空っぽになるであろうが、それまでの間に何らかの方法で外殻にヒビでも入ればその被害は尋常なものではない。
それにあの封印は恐ろしく効率がいい、内部のマナを消費しきるのに一体どれ程の月日が必要となるか。
なれば百ていどで死ぬような者に持たせるよりもワシが保管しておいた方が良いだろう、誰にも時間にすら手が出せない絶対に安全な保管場所ならば当てがある。
その分、自然にマナが空っぽになってくれる事は無くなるが、それは折を見てワシが処理すればよいだろう。
「あれは危険な物じゃ、早々に回収するがよかろう」
「わかった、後で指示しておこう」
「んむ、見つけたら当然ワシの所に持ってくるのじゃ。そうそう、割れたらここら一帯吹き飛ぶから気を付けるようにと伝えておく事じゃな、まぁ――」
「そ、そんな物が野ざらし……」
あれだけ高くから落ちて何ともないのだから、多少手荒に扱ったところで問題は無いだろうが、ちょっとからかいついでに深刻そうに言えばワシが次の言葉を告げる前に、クリスは血相を変えて部屋から慌てて出ていってしまった。
「――そんな簡単に壊れんと思うがぁ、うむ、まぁ、慎重に運ぶようになるには問題ないじゃろうて……」
粗雑に扱うようになるなら言語道断ではあるが、丁寧に扱うのならば勘違いしたままでいいだろうとクリスが出ていった扉をしばし眺め、クッションの壁を後ろ手で何とか崩し今はしっかり休むかと再びベッドに体を横たえるのだった……




