819手間
円盾を巧みに利用した死角からの攻撃、フェイントや緩急入り乱れた連撃、肉厚のバスタードソードとも言える片手で扱うには相応の膂力を必要とする剣を十全に活かした一撃。
幾ら死角を利用しようとも風切り音までは誤魔化せない、フェイントや緩急入り乱れようともじっくり見極めてから対処すればいい、膂力や重さ長さを十全に活かそうとも力比べでワシに敵う筈なし。
正に万策尽きワシから距離を取り肩で息をする男に対し、ワシは左手以外使わず手合わせを始めた位置から軸足を一切動かさず踏み込みもしていない。
「国一番の兵と豪語するだけはあるの、しかしそろそろ手が尽きたのではないかえ? それともまだ切り札を隠しておるのかの?」
「くくっ、あぁ、舐められっぱなしは性に合わないのでね」
「ふむ、一切舐めてはおらんのじゃがの」
「ほざけっ! ならば奥の手見せてやろう!!」
ただ単に舐める域にすら至っていないだけ、そんなワシの態度が気に障ったのか男は気炎を吐く。
そして二度三度、息を落ち着かせるとまた最初の様にワシに突撃を仕掛ける構えを見せ、獣の如くの咆哮をあげ今日一番であろう速度を持って、自身の体重全てを掛け防御をかなぐり捨てた大上段からの一撃をワシへと振り下ろす。
対するワシはやかましい裂帛の声に耳をぺしょんと伏せただけで左手を掲げ、大上段からの一撃を手の平で受け止める。
驚くほど静かに受け止められた一撃に男は魂消る表情で、よろよろと突撃の名残のようにワシの背後へと歩くとガシャンと両手両膝を地面へとつける。
「ふぅむ? いまの特攻まがいの一撃が奥の手……かえ?」
やかましい叫び声に似合う速度と重さではあったが、奥の手と気炎を吐くほどかと言うと絶対無いと否定できる。
あれが奥の手だと言うのであれば、斬りかかると見せかけて盾で殴るほうがよっぽど奥の手に相応しい。
「なんで、動ける」
「は?」
精も根も尽き果てた様子でワシの方に向き直り、その場に座り込んだ男が信じられないと言った様子で呟いた言葉に今日初めて本気で首を傾げる。
何故動けるもなにも、ワシは縛られてなどいないし、体力も息を一回吸って吐いての動きほども消費してない。
「頭をどこか強く打ったかえ?」
「何故、俺の咆哮を受けて動けるんだ」
「咆哮? 確かにどこからあんな声を出すんじゃと思うくらいやかましかったが、あんなもんでは小角鬼くらいしか怯まんじゃろ」
誰に聞いてもヒューマンの声では無いと断言するほどの獣の咆哮であったが、それくらいであれば獣に近い獣人であれば普通に出せる、そんな猫だまし程度のモノを奥の手というには、ちょっと恥ずかしすぎるのでは無いだろうか。
「わ、我が家に代々伝わる奥義だぞ……」
「いや、確かに人の喉で獣の咆哮をあげるのは凄いと思うが、なんじゃ、おぬしの家は代々宴会芸を伝えておるのかえ」
周囲の兵や騎士たちは皆膝を付いたり腰を抜かして尻餅ついたりしているので、確かに脅かす効果はそれなりにあったのかもしれないが、なんだろうか子供のサプライズに驚いてあげれなかった大人のような罪悪感を感じる。
「う、うむ、ワ、ワシですら森の中で聞こえたのならば、うっかり獣と間違えそうな見事な咆哮じゃったぞ」
「は、はは、獣の叫びと同等だ、と……」
褒めた筈なのになぜかさらに落ち込んでしまった、一体なぜ……もしや何か彼の国ではあの咆哮に意味があるのだろうか。
叫んだ本人は絶賛天を仰いで涙を流してる最中なので聞きづらい、ワシはずかずかと周囲でへたり込んでいる兵の下へ行くと両手で襟を掴んで無理矢理ワシの顔の辺りまで持ってくる。
「おぬし! おぬしなんぞ知らんか! あの叫びは何ぞ特別な意味でもあったんかえ!」
「え、あ、う、っと」
「えぇい、話にならぬ、次! おぬし!」
最初に持ち上げた兵がなかなか喋ってくれないのでペイッと投げ捨てて、隣の兵を同じ様に今度は胸倉をつかんで引き上げる。
「しょ、将軍閣下の、家に代々伝わる奥義で……」
「それは本人が言うておった!」
「そ、その、あの咆哮を聞いた者の動きを縛る効果が、声にマナを乗せるとかなんとか」
「え、あの程度でかえ? 普通に叫べばあの程度のマナは声に乗るじゃろ……もしや、ふむ、それでも効果を出すのが秘伝という奴かのぉ」
わざわざ声にマナを乗せようとせずともほんの、ほんの僅かであるが声には常にマナが含まれている、気合いを入れて叫んだりすればそれだけ多くのマナが乗るが、それでもやはり他人に効果が出る程となると相当量のマナが必要となる。
確かにワシも以前一喝にマナを乗せて相手を気絶させたことがあるが、あの時は今の咆哮とは比べものにならないほどの量のマナを込めている。
しかしそう考えるとあの程度のマナを乗せた叫びで兵をひっくり返らすのだ、なるほど奥義と言うには相応しい妙技かとようやく納得するのだった……。
 




