818手間
砦の広場、普段訓練などが行われるそこは今熱狂に包まれている。
手合わせをするワシと彼の王を取り囲むように、彼の王の兵たちがぐるりと隙間なく立ち彼の王へと声援を送っている。
ワシらの騎士や兵もちらほらとその囲いの中に見えるのだが、彼の王の兵に比べれば多勢に無勢、もし声援を送っていたとしてもワシの耳をもってしても聞こえることは無いだろう。
砦に居る騎士や兵の数を考えれば普通は逆の人数になるはずだが答えは簡単、ワシだからだ。
ワシの人気が無いとかそういう事では決してない、当初彼の王と手合わせだと聞いて皆ワクワクとした面持ちだったそうだが、相手がワシであると聞いて皆すんと表情を元に戻し与えられた任や休憩に戻っていったという。
それもそのはず手合わせなどの試合は勝敗が分からないからこそ面白いのであって、既に勝敗が決した試合を見た所で面白くもなんともないであろう。
今残っている者たちは、その面白くもなんともないものに面白さを見出した変わり者たち、自分を強者と思っている者が無様に転がるのを見るのが好きだとか……その話を聞いた時はさしものワシもドン引きした。
「陛下! やってしまってください!」
「ご武運を!」
「我ら戦士の強さをお見せください!」
それに比べて向こうの盛り上がり様よ、彼らの目はまるで贔屓の選手が試合に出てきたようにキラキラと輝き、彼の王がわざとらしく礼服の上着を放り投げるとワッと歓声が更にあがる。
「我ら戦士の戦いにこれが無くては始まらなくてな、構わないですかな?」
「んむ、構わぬ構わぬ」
男がコレと指さすのは円盾、王が持つには些か質素すぎるような気もするが、盾に刻まれた傷の数は以前に一騎討ちをした者とは比べ物にならない程、なるほど国一番のと名乗るに相応しい武具であろう。
「ところで、我らは模擬剣を持って来ておらぬので、貸していただけるとありがたいのだが」
「ん? なんじゃ、その腰に佩いておるモノは飾りかえ?」
ワシが言うは彼の王が腰に佩いた無骨な両刃の剣、先ほどの会談より佩いていることを許しているそれを指差しワシは首を傾げる。
「これはご存知の通り、真剣なのだが」
「真剣じゃろうが刃引きしておろうがワシには何の変わりも無いからの、普段から使っておるものの方がよいじゃろ?」
左手に装備された盾の具合を確認しながら彼の王は、真意を図りかねるように眉根を寄せる。
「貴女様がそう言うのであれば……」
「んむんむ」
「これにて私の準備は終わりましたが」
「ん? ワシも何時でも良いぞ」
「何か武器をお持ちにならなくても良いのですか?」
「んむ、この腕一本あればよい」
ポンと右手で少し掲げた左腕を叩く、彼の王は侮られたと憤るを通り越して、わけの分からないモノを見るように眉間の皺を増やしている。
「なになに、ハンデというものじゃ。いや、この程度でもハンデとしては足りんかのぉ」
「なるべく怪我はさせたくありませぬが、流石に全く無しとは保証できませんぞ」
「んふんふ、そのようなこと気にするでない、元より不可能なことじゃからの。ま、何時でもかかってくるがよい」
「では、お言葉に甘えて……フッ!!」
ワシが左手でクイクイと手招きしてやれば、流石に腹が立ったのか今まで眉根に寄せていた皺を全て目元に移動させたように鋭くワシを睨みつけ、盾を前に右手の剣を背に隠すような彼ら独特の構えでワシに向かい突っ込んでくる。
流石に負けなしと自分で言うだけあってワシの弱点をよく分かっている、腰を限界まで落とし盾の位置をワシをすくい上げる様な、それが出来なければ横から叩きつけるような位置へと持ってきている。
それでいてその突進の鋭さは以前見た者よりも幾分か鋭いのだから、看板に偽りなしというものだろう。
だが、遅い。
「おぬしがいくら腰を落そうと無駄じゃ無駄」
ワシの方が小柄なのだから当然ワシが少しでも腰を落せばさらに低くなるは当然、しかし敢えてそれをせずまず最初に目の前に来た盾の下側に手を差し込み、そのまま無造作に上へと振り上げて突進の勢いそのままに背後へと男を投げ飛ばす。
「なっ! くっ……」
「おぉ、その体躯でなかなかの身軽さじゃの」
ワシが振り返れば丁度男はくるりと空中で体勢を立て直し、左手と両足を使い地面へと転がることなく舞い降りる。
するとその左手だけを使ったクラウチングスタートのような姿勢から、衝撃を吸収するために曲げていた膝の力を解放しつつ再びワシへ向かい突進してくる。
もう少ししたらワシの手が届くという所まで来ると、今度は右手に持った剣で体重を乗せた刺突を繰り出してくるが、ワシは剣の腹を叩き刺突の軌道を外へと逃がすと往復ビンタするような動きで少し腰を落とし、男の足を払って相手を転ばせる。
「見事、見事。しかし当てるつもりの無い剣でワシを倒そうなぞ、たとえ夢の中でも不可能じゃぞ」
「それを見破っているのならば何故払った」
「はぁ、これじゃからヒューマンは……」
額に手を当てやれやれと、少し大げさにワシは首を横に振る。
「確かに体には当たらぬじゃろうが、尻尾には当たる位置じゃったろう。無論、当たった所で枝毛にもならぬじゃろうが、それでもやはり気分は悪いからのぉ」
「そうか」
男は納得したとばかりに頷くと、いいことを見つけたとばかりにニヤリと獰猛に笑い、また盾を前面に出して突撃してくるのだった……
 




