817手間
彼の国の王とやらの第一印象は、への字に曲げた口と睨みつけるような目、黒髪をぴっしりと後ろに撫でつけているせいで眉間に寄った皺が非常に目立つ、第六て、てんまんじゅう? とかそんな感じの名乗りを上げそうな男。
如何にも戦国の世を渡り歩いてきた歴戦の武将といった雰囲気を纏い、金切り声と金ぴか鎧だけが取り柄の情けない男とは、ぱっと見ただけで天と地ほどの差がある。
装飾こそ殆ど無いもののキラキラしい王子様に似合いそうな軍服のような礼装を、似合わないながらもきちんと着こなしている辺り、単純に戦いだけが生き甲斐の脳筋でも無いのだろう。
フレデリックの事前情報によれば、礼服が非常に簡素なのは何時でも鎧を着込めるように、鎧下の役割も含まれてるとかなんだとか、何というか流石四六時中戦争してる地域の国である。
そんな戦に生き戦に死ぬみたいなオーラを醸し出している男が今、ワシとクリスの目の前で床に頭をこすりつけんばかりに跪いている。
武人然とした大柄な体をソファーにクリスと共に座るワシよりも小さく縮めているせいで、今にも弾け飛んで天井に頭から突き刺さりそうな気さえする。
ワシがそんなくっだらない事を考えている間にも、目の前の男は平身低頭と姿は実は床にカンペを仕込んでいるからでは無いからと思うほど、つらつらとクリスに口上を述べている。
「セルカ、君はこの男どう見る?」
挨拶がようやくひと段落したところで突然、何の脈略も無くクリスがワシに聞いてきた。
そこは挨拶に対する返しでは無いのだろうかとちょっとびっくりしつつ、どういう意味だと頭を捻るが分からないのでさっさと本人に聞いてみることにする。
「何をどう見るのじゃ?」
「そうだね、う〜ん、強さとか、かな?」
「強さのぉ、それならワシには分からんかの。フレデリックに聞いた方がいいんじゃないかえ」
カカルニアでハンターをやってた頃ならまだその質問に答えられたかもしれないし、カカルニアの宝珠持ちのヒューマンと同じくらいマナが多ければ分かったかもしれないが、そんな地面に染み出た水の高さは見たいな質問をされても困る。
という訳でいくら考えても分からん事は人に放り投げるに限るとフレデリックに投げ捨てた瞬間、目の前の男がハンッと鼻で笑ったので、ギロリと睨みつけてやるが未だ頭を下げているので全く気付いてないようだ。
本当に小さな、もしかしたら本人すら鼻で笑ったことに気付いて無い程小さな、無意識なものだったかもしれないが、これ程の至近距離ワシの耳を誤魔化すことは出来ない。
「まぁ、クリスが聞いてくれたのじゃから、フレデリックが言う前にワシの答えも言うておくかの。嘲りでもなんでもなく事実、こやつの強さは弱すぎて分からん、誰も塵芥たった一粒の重さを量る分銅を持たぬとの一緒じゃ」
「あぁ、うん、そうか……セルカからしたら、誰だってそうだよね」
質問が悪かったなと小さく一人ごちるクリスと挨拶を返される事も無く侮辱された男が、流石に隠し切れなかったのか見て分かるほどプルプルと肩を震わせている。
しかしあれだろうか、クリスにしては珍しい礼儀知らずの言動に、意外とこいつの美辞麗句だけを並べ立てた長口上にクリスもイラッとしていたのだろうか。
「畏れながら口を開く事をお許しください」
「許そう」
さっきまでプルプルと震えていた男が何か自分の中で踏ん切りをつけたのだろうか、一度息を大きく吐いてから喋る許可を求め、クリスがそれに鷹揚に頷く。
「私は生まれてこのかた父と共に、父が没してからも様々な戦場に立ちては負け知らず、国一番の兵と自負しております。その私の何が弱いのか、是非ともお教えいただきたく存じます」
「戦で必要な戦術、戦略そのあたりはとんと分からぬから、ワシが言っておるのは個の力じゃな、腕力とかの単純な強い弱いじゃ。何がと言われれば、そことしか言いようが無いの」
「確かに私国一番の兵を自負しておりまするが、国一番の力自慢ではございません。ですが――」
「弱いと言われる覚えはないとな? それがそもそも間違いなのじゃ、例えば背の高さを競うておる者がおるとするじゃろ? 自分の方が拳一つ分高いだのなんだのとじゃ。そんな者がじゃ、雲に届きそうなほどの背丈の巨人に向こうて、どっちの背が高いと言われても分かる訳あるまい?」
「そのきょじんとやらが貴女様であると?」
「んむ」
「あー、この話の流れは」
ワシと男の会話にクリスが顔を手で覆い天を仰ぎ、フレデリックが呆れたような諦めたような目で見る。
「でありますれば私と是非とも一戦手合わせ願いたい、無論この手合わせで私が勝とうとも待遇の改善などを望むことはございません。それは我が国の愚か者が成したこと故に、ですが……やはり一戦交えぬ事には国一番の兵の名折れ、膝を折る訳にはいきませぬ」
「んむんむ、ワシも構わぬ。赤子が山に、いや巨人に挑む様なモノじゃから負けた所で当然何も言わぬ、しかし、そうじゃな……赤子が巨人を下せばそれは英雄譚に相応しかろう? 英雄譚を為した者には褒美が与えられるが当然、何ぞ考えておくがよい」
ワシが答えれば男はニヤリと獰猛な、それこそ耳や尻尾が見えぬだけでこいつ獣人じゃないかと思うほどの凄みのある笑みを見せ、それに応えるようにワシもニヤリと口角を上げるのだった……
 




