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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
842/3449

814手間

 カツン、カツンと石造りの松明の僅かな灯りに照らされた廊下を歩く。

 本来、静謐という言葉が似合いそうなそこには、今は無粋な金切り声が響いている。

 暫く歩いていると金切り声が近くなり、両目の幅程度の小さな格子窓がついた立派な鉄の扉が。

 その横には格子窓の死角に入るような位置に兵士が一人立っており、ワシの姿を見ると敬礼して鉄の扉を重々しく開ける。

 ギギギッと僅かに錆が浮いた金属同士がこすれる音と共に扉が開くとその音に反応したのか、少しだけ金切り声が途切れる。


「さて久しい……というにはまだ、ちと足りんかの?」


「ひぃっ!」


 松明に照らされて鈍い光を反射する鉄格子の向こう、ワシの登場に幽鬼の様に痩せこけた顔を引き攣らせ、石に三方を囲まれた狭い室内を僅かでもワシから距離を取ろうとして足かせに引っ掛かりずでんと無様に転がる男。


「なんのようだ!」


 牢の中の男は手枷もはめられている為かうまく起き上がれず、後じさり尻餅をつき冷たい石の地面に両手を揃えてついた何ともいえぬ格好のまま、金切り声と言うよりも裏返り舌ったらずの子供のような調子はずれの虚勢を張る。


「なに、おぬしの待ち望んでおった物を持ってきただけじゃ」


「座下、御自らお越しにならずとも、我々が行いましたのに」


「いやなに、こやつの反応を見てみたくてのぉ」


「座下もお人が悪い」


 ワシとこやつを見張っていた牢番の会話にロクなモノでは無いと思ったのか顔を顰める男であったが、ワシが懐から取り出した書簡をヒラヒラと目の前で見せつけると、一転してその顔色を喜色に染め上げる。

 松明の灯りがあるとはいえ、暗い牢屋の中でヒューマンの視力でよくも目ざとくと呆れながら書簡を開く。

 奴が顔色を良くしたのも書簡にあやつの国の紋章が入った封蝋がしてあったから、何故それが良い知らせだと勝手に勘違いしてるのだろうかと呆れながらも、書いてあることを簡潔に読み上げる。


「おぬしの国は、王自らおぬしを引き取りにくるそうじゃぞ」


「当然だろう、次期国王たるこの私が居なければならんだろうからな!」


 何を言ってるんだこいつという顔をしている牢番と顔を見合わせていると、ワシの言葉に疑問を持ったのか男はしきりに首を傾げている。


「まて、まてよ? 王、自ら? い、一体どういう事だ! 先王陛下は崩御され今王位は空白のはずだ!」


「阿呆じゃのぉ、選定されたからに決まっておろう。おぬしが居らん間に、というよりもおぬしが阿呆をしでかしたから急いで王を選定したらしいの」


「功績第一位となるは確実の、この私を差し置いて、だと」


 ここまで自信過剰が過ぎると誇大妄想の域だなと苦笑して、ワシは書簡に再び目を落す。


「まぁ、おぬしには王位争いなどもう意味のない事じゃからな、何せおぬしの扱いは裁判抜きで極刑確定の罪人らしいからの。それもなんぞ、詳しくは書かれておらんが一番重い処刑をする大罪人らしいではないかえ」


「お、叔父上は! 叔父上はなんと!」


「ふむ、おぬしの係累はみな、死を賜ったと書いてあるの。その際に何か一つ王に願う事が出来るのがおぬしらの伝統らしいが、その権利を持つ者はみな、おぬしの厳罰を望んだそうじゃ」


 牢の中の男はひゅっと息を呑む、死を賜る、ようは処刑されたという事だが、この際に累が及ぶ者の場合に一つだけ恩情を願う事が出来るらしい。

 願うも願わないも処刑される者に委ねられ、例えば自分以外の減刑だったり名誉を必要以上に貶めないようにだったりを願うのが慣例とも書簡には丁寧に書かれている。

 要するに最期のお願いを使ってでも彼の一層の厳罰を望むほど彼の行いに私たちも怒っています、なのでどうか我々には寛容な沙汰をという事だろう。

 しかし、こいつの場合は流石愚か者と言うべきか、奴の国では農奴を戦に駆り出すのはそもそも法で禁じられている、しかもその場合の処罰はかなり重い。

 十人、二十人程度ではお目こぼしされるかもしれないが、流石に千人、二千人ともなると歴史に残る大悪人となる、それもかなりの愚か者として。


「なるほど、おぬしの名は彼の国の歴史に刻まれるそうじゃ、よかったの。権力に目がくらみ子供でも分かる負けが見えた戦に農奴を大動員した、万古無前の愚者にして大悪人としてのぉ」


 ワシがわざとらしく口元を手で隠しクスクスと笑えば、ややあって牢番もどういう事かを理解して噛み殺した笑いを漏らす。

 すると牢の男は怒りか恥ずかしさか、顔を茹で上げたように真っ赤に染め何か叫ぼうと喉に力を入れ過ぎたのか、きゅーっとヤカンのような声を出して両手をプルプルさせている。


「お前さえ! お前さえ! ぐあっ……」


 ガシャンと殆ど倒れこむようにして鉄格子に縋りついた男が言い募るが、牢番が素早く棒で突き鉄格子から引きはがされる。


「お前さえいなければ私が王だったのだ、私の勝ちだったのだ!」


「何を言うておるか、ワシがおらずともおぬしの負けは必定。それにじゃ……貴様こそお前さえ居なければと言われるに相応しいじゃろうが」


 牢の中で喚く男を見下ろすように、蔑むように、冷たく言い放つ。

 目の前の男さえ居なければこの戦は起きなかった、戦が起きなければ戦死者など出ようはずもない、彼の国は負けを認める為に国として認められてしまった、国際法など無い世の中で負けた国がどうなるかなど語るまでもない。

 全ての民が言うのだ、お前さえ居なければ、と……。

 真っ青になった男を残し、牢番を労うとワシは振り返ることなく牢屋を後にするのだった……

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