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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第三章 女神の願いの片手間に
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81手間

 街にたどり着いたのは日もすっかり落ち辺り一面真っ暗になってからだった。

 本来であれば野営をする予定だったのだが、マッケンのいたパーティの何人かの体調が思わしくなく、真っ暗な中を光弾、つまりは照明弾の様な法術で道を照らしつつ進むという強行軍で帰還した。

 その甲斐あってか、重症化することもなく街の治療院へと運ばれた。原因は十中八九あの噴水から吹き付けてきた穢れたマナをもろに浴びたせいだろう。

 アレックスらは洞窟の経験もあり、カルンとシアン達四人組を噴水から遠ざけていたので無事だった。マッケンはかなり近づいていた筈だが流石ベテランというべきか耐性があるのかピンピンしていた。


「んん~。今日はもう暗ろうなっとるし、報告は明日でよかろう」


「いえ、今すぐお願いします」


 背伸びをして宿に足を向けた瞬間、背後から声をかけられ振り向くと、そこには今回の依頼をしてきたギルド職員が立っていた。


「なんじゃー、確かに余裕がある状況とは言えぬが、数刻も待てぬほど逼迫はしておらぬであろう?」


「確かに街は逼迫してませんが我々が…まずいのです…」


「我々が?」


 その声は震え、まるで喉元にナイフを突きつけられているかの様に緊張していた。


「それほど急ぎならここでもよいが?」


「先刻ご到着された方がセルカさんをご指名ですので、おひとりで来ていただきたいのです」


「うぅむ…なんぞ面倒に巻き込まれそうな気がするのじゃが」


「お、お願いしますよぉ」


「はぁ…わかったわかった。着いて行けばよいのじゃろう」


「へっへっへ。それじゃ嬢ちゃん俺はお先に」


 ギルド職員の情けない声にワシが折れると、マッケンの言葉を合図に残っていたハンター達が各々の宿へと帰っていく。


「あー、カルンも先に帰っておってよいぞ。多少なりともかかりそうじゃからのぉ…」


「えーっとじゃあ、先に戻って待ってますね」


 一人残っていたカルンをこのままだとここでずっと待っていそうな雰囲気だったので先に戻ってもらう。この健気さをさっさと宿に戻っていったアレックス達にも見習ってほしい…。


「それではこちらです」


 一言だけ言うと急ぎ足でギルド長室へと案内される。


「ギルド長が呼んでおるという事か?」


「中に入ってもらえれば分かりますので、それでは私はこれで」


 これで自分の仕事は終わりとばかりに逃げるようにギルド職員は去っていった。

 居っても意味は無いかとため息を漏らし、扉を開けようと手をかけたところでハタと動きを止め、ドアノブから手を離し一応ノックしておくかとコンコンと扉を叩く。


「どうぞ」


「失礼するのじゃー」


 誰何はされず入室を促されたので、今度こそ扉を開け中に入る。

 部屋の中は特にこれといったものは無く、大きな執務机と応接用であろうソファーなどのセットで漸く偉い人の部屋なのだろうかと思い至るほど簡素な部屋だった。

 その執務机の横には私は緊張していますよと、全身で主張しているガチガチに固まっているおっさん。

 当の執務机にはニコニコとした優男、さらさらな金糸の髪を肩まで伸ばしその髪の毛からは尖った耳が飛び出している。


「んー?ここのギルド長はハイエルフじゃったのかの?」


「ほぅ、私がエルフなだけでなくハイエルフだと見抜きますか!」


 優男は心底驚いた顔で、しかしその声は嬉しそうに弾んでいた。


「いや、見抜くも何もその尖った耳はエルフじゃろう、それに額に宝珠もあるしの…。なによりエルフは穢れに弱いし、こんなところまで来たら死ぬんでは無いかの」


「いやいや、今でも(・・・)それを知っている人が居るというのが驚きですよ。エルフやハイエルフを知っていても、どういう姿かを知っている人は驚くくらい少ないですからね」


「いやーワシは常識じゃと教えられたんじゃがのぉ…」


「えぇ、えぇ。確かに数千ほど前は常識でしたが、近ごろの若者は全く嘆かわしいものです」


 やはり女神さまの言う常識は数千年遅れてる疑惑が…。

 年寄りみたいな事を言った、見た目だけはその若者であろうハイエルフは顎に手を置いてうんうんと頷いている。そしてその横に立っていた男は明らかに遠目からでもわかるほどの脂汗を滝の様に流していた。


「ま、私もまだせいぜい二千程度の若輩者ですから人の事は言えないんですけどね。世間話はこの位にしてセルカさん、今回なにか変なものを見つけませんでしたか?」


 こやつは分からなかったんだろうなぁ…などとぼんやりおっさんの様子を見ていれば、ハイエルフの男が自嘲気味にそう言いつつ声音を真剣なものに変えてワシに尋ねてくる。


「変なものと言うより原因そのものじゃろうのぉ…。領主の館にある噴水から魔物が溢れておったわ」


「なるほど…その噴水の様子はどうでしたか?」


「噴水の様子じゃが、穢れたマナをかなりの量噴き出しておったの、何人かは当てられて治療院に運ばれておる。噴水自体は何といえば良いのかのぉ…水の代わりに魔獣を倒した後に残るようなドロドロした黒い粘液が流れてて、その粘液から人の手のようなものが現れては消えてを繰り返しておったの。それでその粘液から魔物が生まれ出ておったわ」


「なるほど、そうですか…それでその噴水はどうしましたか?」


「ん~む、噴水は破壊してしもうたよ、塵も残っておらんはずじゃ。研究や調査をしようと思っておったのなら悪いことをしたかのぉ」


「いえ、それが最上です。魔物が湧き出る泉が残っているなんてぞっとしませんからね。しかし…」


 ハイエルフは自分の言葉の途中で目をつむり腕を組んだまま何事かをブツブツ呟いている。


「ほっ、ほっほぅ、報酬は、ジグル様がお決めになるそうだっから、わっ、わたしはこれで失礼してしまうね」


 ハイエルフの——どうやらジグルというらしい——横に立っていたおっさんが、かみかみで口調もおかしい一言を残し、ゆっくりとまるで見つからない様に部屋を出て行った。


「おっとすまない、考え事をしてしまうと周りが見えなくなってしまってね。聞いた話から推測する限り、恐らく最初ルイシアの街を襲った氾濫は普通のものだったんだろう。そこで大量の無念を抱えた死者が出た…強い無念や憎しみを持った魂というのはなかなか地脈に乗らなくてね、漂ううちに穢れたマナと同化してしまったんだろう。そして、その噴水というのが恐らく周りのマナを集める魔道具を利用してたんだろう。それに穢れたマナと同化した魂が引き込まれ魔道具の中で大量に集まり魔物が湧き出る泉となってしまった…といったところかな。魂はマナであり、マナとは魂だからね。魂の源とでも言えばいいのかな…?ま、今はそれは置いておいていいだろう。戦場跡でも似たような理由で氾濫が起きることはあるのだけれど、今回は噴水の魔道具のせいで効率的かつ断続的に発生するような状態になってしまったようだね」


「つまり不運が重なったという事かの?」


「そうだね、同じ事はまず起こらないとは思うよ。今回は噴水に利用されていたのが、マナと同化していたとはいえ人の魂をも吸い寄せる程強力な魔道具だったのが原因だし…もしかしたら遺物だったかもしれないね」


「魂とマナが同化するという事はよくある事なのかえ?」


「それもあまり起こる事ではないね、他者を害する程の強い怨念を持った魂ぐらいなものだよ。普通は死んだ者の魂はすぐに地脈を通じて世界樹へと戻り世界を巡るからね」


「なるほどのぉ…」


「ところで君、本当に十五?」


 唐突に聞かれた言葉に、なんか前にも似たようなことあったなぁと思いつつもギクリとするのは仕方ない事だろう。


「無論、その通りじゃ」


「ふ~ん、九本も尻尾がある狐の獣人だなんて、私達(・・)でも初めて見る種族だし長命種って話だからね、普通に比べて獣人と見た目と中身が違っててもおかしく無いと思ったんだ。女性に年齢の話をするのは失礼っていうのがヒューマンや獣人の慣習だっけ?そうだったらごめんね。それで君はどのくらい生きるの?」


「さぁ…?」


「さぁって…同族が居るんだろう?大体どの位かはわかるもんじゃない?」


「いやーそのあたりはのぉ…。少なくとも普通のエルフやドワーフより長いとは聞いておったが…」


「そうなんだ…じゃあ、今度すぐにでもハイエルフの里に遊びに来てよ。まぁ、すぐにといっても厳しいだろうから、百や二百くらい後でも気にしないよ」


「う…うむ、そのうち遊びに行かせてもらうのじゃ」


「そう、それはよかった。それじゃ引き留めて悪かったね、報酬は明日渡すよ」


 年齢云々からはよくそれほど舌が回るなというほど喋りだし、この会話はいつ終わるんだろうと思いはじめた頃に唐突に話をきってお疲れと軽い調子で部屋から送り出された。


「う~む、あれが他の者が極度に恐れる程の者なのかのぉ…?」


 ギルド職員達の緊張具合に見合うとは思わないハイエルフの印象に首を傾げつつ、カルンらが待つ宿へと戻るのだった。

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