810手間
ベッドに倒れこんだうつ伏せの姿勢のままふて寝をしていると、ワシが寝ているのを知ってか知らずかこちらを慮るような軽いノックの音が響く。
「誰じゃ」
「フレデリックでございます」
「入るがよい」
「はっ」
聞こえて来たのはフレデリックの声、ワシはドア越しのその声に入室を許可しながらベッドから起き上がり、窓際の椅子へと移動する。
「入り口にて失礼いたします」
「うむ」
一歩部屋へと入ってきたフレデリックは、ドアを開け放ったままその場で一礼し直立不動のまま己の要件を話し出す。
「先ほど偵察部隊が帰還しましたので、それのご報告に参りました」
「ふむ、どうじゃったのじゃ?」
ジュデッカ侯爵領の後続部隊がなかなか来ない、それを訝しみ敵の別動隊が襲っているのではないかという可能性を考え偵察部隊を数日前に送ったのだが、それが今日帰ってきたようだ。
「結論から申し上げますと、セルカ様が懸念されていたような敵の別動隊は発見されませんでした」
「ふむ、それは重畳。では、何故後続が来ぬかは分からんかったのかえ?」
「それにつきましては偵察部隊の者を呼びましたので、入室の許可を頂ければ」
「んむ、許すのじゃ」
ワシの入室許可の声に遅れ入ってきたのは如何にも早駆けが得意そうな、口元を隠した黒い装束でも来たら違和感が無いであろうこれと言った特徴の無い男。
「座下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」
「あぁ、堅苦しいのはよい、本題を聞かせて欲しいのじゃ」
「はっ、では失礼いたしまして。恐らく、ではありますが雪崩によって道が寸断された為かと」
「ふむ」
「何時起こったものか分かりませんので、雪崩がまた起きるとも限らず遠くからの観察になりますが、かなりの広範囲にわたって崩れていましたので、恐らくとは申し上げましたがまずこれが原因で間違いないかと」
自然災害で足止めならば致し方ない、敵の妨害でないと分かっただけで重畳だ。
どちらにせよ対応しなければならないという事に変わりは無いが、総数不明の敵の排除と道の雪かき、どちらが大変かと聞かれたらわざわざ考えるまでもないだろう。
「して、その道が断たれたら、長期間支援は不可能と考えてよいのかえ?」
「はい、その通りでございます。こちらへと続く主要な道は四本ほどありますが、雪崩の規模からいって先ほど申し上げました道ともう一つが潰れている可能性が非常に高いかと、その為に残るはかなり遠回りとなる一本しか道はありませんので」
「なるほど、それで、最後の一本はどうなったのじゃ?」
彼の話では一番メジャーなルートとその次が潰れ、遠回りのルートしか残っていないかのような話ぶりだが、その前に彼は四本と言った。
「今回起きた雪崩とは別方向にあるのですが、山の中を進む道の為に雪が無い時期にしか使えないのです」
「なるほど、そうじゃったか」
「以上であります」
「ご苦労じゃったな、さがってゆっくりと休むがよい」
「はっ」
男がビシッとしゃちほこばった敬礼をして部屋を辞していく。
「報告はこれで終わりかの?」
「はい、後は偵察部隊ではありませんが、先ほど彼が言っていた遠回りの道に伝令を送ろうかと思っております」
「それが良いじゃろうの」
最後にそれだけを報告するとフレデリックは、見事な敬礼を残し部屋を慇懃に辞していった。
遠ざかるフレデリックの足音を確認し部屋にワシ一人になると、ほうと息を吐き椅子から立ち上がると再びベッドに、今度は仰向けに倒れこむ。
仰向けに倒れこんだことによりワシはベッドと言うよりも自分の尻尾に包まれる、極上の布団よりも遥か上をゆくそれに深々と体を沈め、急激に襲い来る眠気に抵抗する間も無くすやすやと寝息をたてはじめるのだった……




