807手間
ゴロンと転げ落ちた首と目が合うと、生首が何が起こったか分からないといった風に数度瞬きする。
如何にも文句を言いたそうな表情でワシを睨みつけてくるが、当然生首であるので喋れるわけがない。
しかし、そこで何かに気付いたのか、気付いてしまったのか瞠目するとそれっきり生首は動かなくなってしまった。
「ふむ、確か人は首を落されても、十数える間は生きておるんじゃったかな?」
「そ、そうなのですか?」
ワシの呟きを聞いたフレデリックが、首から血を噴き出している胴体から警戒するように離れ、剣の柄に手を置くのに苦笑をもらす。
「首から上の話じゃ、どこぞの虫ではあるまいし胴が勝手に動く訳なかろう」
「そ、そうですね。お見苦しいところをお見せしました」
「よい、何事も警戒するのは悪くないからのぉ」
ワシらの会話の最中も目の前の敵兵たちからは、青ざめた恐怖と動揺の視線をワシの顔と右手へとひしひしと感じる。
味方の騎士や兵たちからは、一体どうやってという好奇心に似た困惑の視線を同じく右手に。
タネは単純、右手の爪にだけ魔手を発現させ極小のドラゴンファングで首を切り落としただけだ、そして切り落としたらすぐに魔手を元に戻す。
「さてと、おぬしらにはコレを持ち帰り、おぬしらの頭に即座に降伏するよう伝えるのじゃ。そしてこれが最後の命令じゃと知れ、これ以上逆らうと言うのであれば……」
丁度首を落した奴の近くには誰も居ない、なればとふっと息を吹きかける程度の時間、ゴウと蒼い炎が燃え盛り消え去った後にはもう何も残っていない。
後の事は騎士たちに任せ、ワシはクリス、そしてフレデリックと共に先ほどクリスが言っていた心配事とやらを聞くため、砦の中へと戻る。
「してクリスや、先ほど言っておった心配事とは何じゃ?」
「それなんだけれども、実はジュデッカ侯爵からの食糧などが届いていないんだ。最初に着いた部隊が一緒に持ってきていたモノと、近隣の街から買い付けたもので何とかもってはいるんだけれど……」
「ふむ」
「そこからは私が」
クリスの話をフレデリックが引き継ぎ語ってくれたところによると、この砦とジュデッカ侯爵領の主な街との間には険しい山々があり、それを大きく迂回する必要がある為に多少遅れることはそう珍しい事では無いという。
無論天候でも遅れることはよくあることだが、最近は非常に珍しいことに荒天が少なく魔物の大軍にでも襲われない限り旅路は順調だろう、だと言うのに遅れれてると言うのはどういう事だろうか。
以前のワシの話を聞き、クリスは万が一その険しい山周辺に奴らの別動隊が潜んでおり、後方からの輸送している者たちを襲っていたら、そう考えたそうだ。
「なるほど、確かに一理あるの」
「そんな状態で進軍し、隊列が伸び切ったところで後ろから襲われたりしたら、ひとたまりもない」
「そうじゃな。で、あれば、偵察に一部隊差し向けた方が良さそうじゃな、フレデリックや後でこの地に詳しい地元の騎士や兵たちから、身が軽い者を見繕っておいて欲しいのじゃ」
「かしこまりました」
僅かでも後顧の憂いを断つことは重要だ、偵察部隊の活躍で少しでも何か分かれば良いのだが。
「これでクリスの心配事の種は潰れたかの?」
「目途は立ったって所かな、あとは奴らが降伏してくれれば良いのだが」
「そうじゃのぉ、二度も、ワシからすれば三度も我らの慈悲を蹴ったのじゃ、流石にもうワシも容赦はせん。舐められっぱなしというのも沽券に関わるからのぉ」
さしものフレデリックも、こればっかりはワシを諫めることは無い。
既に仇はとったようなものとは言え、やはりフレデリックも腹に据えかねているのだろうか、ぐっと拳を握っている。
何にせよ、ワシらは再び待つより他は無い。今度こそ、今度こそ何も無ければ良いのだがと、ワシは一人天を仰ぐのだった……




