805手間
ツケモノに使うような、赤茶けた壺に入っていたのは塩漬けされた人の首。
塩に水分を吸われ生乾きのミイラのようになった首からは、無念や怨み、怒りといった想いがありありと感じられる。
「これがおぬしらの選択かえ」
「ご理解頂けましたか?」
フレデリックですら一歩、二歩と思わず後じさるワシの底冷えするような声音にも、目の前の男はニタリニタリと下卑た笑みを崩さない。
余程の胆力をもって居るのか、それともまったく気づいていないのか。
恐らくは後者だろう、でなければこのような国を滅ぼす愚かな選択をするわけがない。
「無能の下には無能しか集まらぬ、ということがの」
「なっ、そんな口をきいていいのかね、命令一つで我々の本隊がここに殺到しこんな貧相な砦など、ひとたまりもないだろう」
両手を広げこのような状況でなお笑みを深め、自らの言葉に酔っている男からは、いっそ狂気すら感じる。
何がこいつをここまで楽天的にしているのか、彼我の国力差など子供ですらわかりそうなものなのに。
「えらい自信じゃが、生きて帰れると思っておるのかえ」
「万が一私が帰らねば即座に進攻が開始される、どちらにせよ死にたくなければ降伏し、父祖の地を我々に返したまえ」
「フレデリック」
「はっ」
多幸感を得る薬でもキメているのかという言動にため息をひとつ、フレデリックに声をかければ、素早く使者の男が拘束される。
当然動こうとする使者の護衛四人は、ワシが奴らの目の前に縮地で動き、機先を制したまたますぐ目の前にいた憐れな男の心臓を貫手で穿つ。
「死にたくなくば動かぬことじゃ。まぁ、おまえさんは運が無かったの」
貫手を引くと同時、血が吹き出るよりも速く、狐火で男の体を焼き尽くす。
それだけで己の運命を悟ったのだろう、残った三人はへなへなとその場にへたりこみ、両手を地につけてまるで首をワシに差し出すような姿勢でうなだれる。
ワシは手についた血を腕を降り払いながら振り返る、そこにはようやく下卑た笑みが剥がれ、フレデリックに拘束された男が何やらを金切り声で叫ぶ。
「聞くに堪えぬの」
ワシが軽く腕を振り、裏拳で顎を砕けば金切り声は絶叫へと変わる。
「こやつらの残りが外におるじゃろう? そやつらの前に連れてゆけ」
「かしこまりました、ところでセルカ様彼らも拘束しますか?」
「いや、こやつらは自ら歩いて行かせよう。僅かでも不審な行動をとれば、例えそれが意図せぬ身震いだとしても……分かっておるの? では、ゆけ」
ガクガクと震えるように首を縦に振る男たちに満足し、よろよろと立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた彼らの後ろをワシも歩き、外へと向かうのだった……
 




