797手間
門を軽く押せばバキャッと何か乾いたモノが折れる音と共に錆びた蝶番が悲鳴を上げ、さしたる抵抗も無く門が開く。
そして使用人たちの出迎えがある訳もなく、その代わりとばかりに矢の暴風が襲い掛かるが、ワシの目の前で暴風は凪へと変わる。
「んぅ、今一つじゃのぉ。貴人を歓迎するのであれば、もうちと、こう、のぅ?」
肩を竦め門をくぐり砦の中へと踏み入れば、今度は握手を求める手の代わりに幾本もの槍が突き出され、よほど深く踏み込んだのだろう、槍を持った手のすぐ手前まで最初からそこまでしか無かったかのように槍が短くなっている。
「う、腕がああああ」
「ひえっ、な、なんで」
「あ、え? あ……――」
気配で何となく居るなとは思っていたが、奇襲してきた彼らの一突きは見事だった。
奇襲であるからには出来る限り無音が望ましい、その点、彼らは踏み込みの音のみで息も掛け声も無く、革鎧程度であれば十分貫けるだけの必殺のと言って良いタイミングと威力だった。
けれども相手が悪かった、思い切りが良すぎた、腰を捻り過ぎた者は槍だけでなく腕までもがスパッと断ち切られたように消滅し、踏み込みを深くし過ぎた者は足が無くなりバランスを崩して頭から炎の壁へと崩れ落ち脚だけとなる。
「あー、うむ、よもやこうなるとは、うむ、すまぬの」
予想していた以上の阿鼻叫喚の事態に思わず本気で謝ってしまうが、ワシの言葉を聞いている者は誰一人としていない。
尻餅をつき必死でワシから距離を取ろうと手足をばたつかせる者、腕や足を失った者を助けようと彼らを引き摺る者、あるいはそんな者たちを援護しようとワシと彼らの間に立つ者。
「はぁ……いや、うむ、おぬしら降伏せよ」
「し、します、しますから、命ばかりは……」
もう逃げ場が無い事を理解してるのか、もしかしたら今の奇襲が最後の賭けだったのかもしれない、ワシの周囲を取り囲んでいた兵たちが次々と武器を投げ捨て跪き頭を地面にするように、いや、事実こすり付けてワシに慈悲を乞う。
「もっと早くに降伏しておけばこの様なことにはならんかったというに。まぁよい、しかしここで降伏したとて沙汰によっては命は無いと思え」
「は、はい、わかっております」
「では皆、不用意に動くでないぞ?」
ぐるりと見回すがワシの隙を伺いあわよくばなどと考えている者も居なさそうなので振り返り、待機している兵を呼び込もうと門の外を見たその時、背後から首筋を生温いスライムで撫でられるような不快な声が聞こえ、確実に厄介な奴が来たと眉間を人差し指と親指で挟むように押さえ、大きなため息を一つしてから声がした方に振り返るのだった……。
 




