796手間
ワシが砦へと一歩近づく度に壁の上で矢や魔導槍を放とうと、息を潜めている者たちの雰囲気が重苦しくなっていくのが分かる。
もう一歩踏み出して遠矢の距離となると長弓を持った者たちが壁の上から半身を見せ、ワシに向かい矢を一斉に射かけてくる。
遠矢とは言え射ってくる者を見る限り、使っている長弓は人の背丈ほどもある、人を射殺すに十分すぎるほどの速度を威力を持って飛来した矢は、ワシの目の前で燃えることすら出来ず跡形も無く蒸発する。
ワシを逸れた矢も、十分に距離を取らせているので後ろで待機している騎士団まで届くことなく失速し地面へと落ちる。
肝心の射手たちであるが、遠矢を当ててくるだけあって目が良いのだろう、逸れたモノはともかく直撃したように見えたはずなのに、ワシが歩みを止めないことに混乱している。
「ふむ? 壊走した奴らとは別……かの?」
ワシを見ても怯えず混乱したのも束の間、統率を取り戻し第二射、第三射と射かけてくるのが全てワシに当たることなく消えてゆく。
「んむ、火と雷を合わせてみたが調子が良いようじゃな。ふぅむ、こう言うのはなんじゃったかの、ぷらずま、では無い気がするしのぉ……。まぁ、よいか」
一人ごちる間もワシは歩みを止めることなく、降り注ぐ矢も止まることなくワシが砦へと近付けば近付くほど矢の精度は上がり勢いも増すが、ワシが周囲に張っているよくよく見なければそこに何かがあるのかすら分からない程に薄い炎の壁に阻まれて、ワシには一本も当たることは無い。
そしてとうとう声を張れば、ヒューマンの耳にも声が届くほどの距離へとやってきた。
「さてと、ここならばおぬしらにも声が聞こえるじゃろう。これ以上、矢と命を無駄にしとうなければ降伏せっ――」
ワシが立ち止まり降伏せよと言い終わるよりも早く、バガンという破裂音と共にワシに雷光が襲い掛かる。
「ふむ、それがおぬしらの答えかえ」
じろりと雷光が飛んできた門の右手側を睨めば驚愕に目を見開く者たちの姿、しかし彼らをゆっくり見る暇もなく今度は門の左手側から雷光が飛んでくる。
だがそれも、ワシの周囲で炎の壁を境に削り取られたように掻き消える。
「同じ手は食わぬ、などと言うが一度目も効かんかったというに、二度目は効くと思うてか」
「撃て撃て、とにかく撃ち続けろ! 穂先が溶けても構わん!」
誰のモノだか知らないが、味方を鼓舞する声であるがワシには恐怖に慄く金切り声にも聞こえる。
そしてワシに降り注ぐ雷の雨、まるで雷雲の中に立っているかの様な光景だが、どれ一つとしてやはりワシに届くことは無い。
「よく訓練されておるようじゃが、飽きてきたの」
穂先を手早く交換したりマナを供給する人を次々と変えたりと中々見ごたえがあったのだが、やはりそれだけだと次第に飽きてくる。
鳴り止まぬ雷の影響か、微かに鼻に刺激臭が届き始めた頃にワシは歩みを再開するとすぐに射角から出たのか、今まで五月蠅いほどだった雷鳴が止み、痛いほどの静けさがやって来る。
門や壁の影に隠れたワシは見えてないだろうが、それでも大勢の者がワシに意識を向けているのを感じ、さてどう驚かせてやろうかと口角を上げ、門に八の字に両手をそえぐっと門を押すのだった……。
 




