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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第三章 女神の願いの片手間に
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79手間

 屋敷の正面にある門から大きく時計回りに庭を移動しているのだが、正直ここまで広いとは思わなかった。

 以前この街に滞在していた時は、ここの領主の評判を聞いて屋敷に近づかない様にしていたため、他の建物の屋根の上から覗く金ピカ装飾の付いた成金趣味の下品なでかい屋敷くらいの認識だった。

 今では装飾はくすみ所々崩れ見る影も無いが、建物自体は殆ど無傷で佇んでいるので未だその大きさは健在だ。流石に四半刻も歩いていないだろうが、未だに裏にはたどり着けていない。


「まだ裏には周っておらぬが、どうやら当たりのようじゃのぉ…」


「そう…なのか?」


 屋敷の裏に近づくにつれて、ぬめりとしたまるで油に浸した生暖かい舌で舐め回されているような、それでいて寒気を感じるざらざらしたもので肌を撫でられているかのような得も言われぬ、ざっくり一言で表すなら「すごく気持ち悪い感覚」が強くなってきているのだが、アレックスたちは不快感こそ感じているがそれ以上でも以下でもない様だった。


「ふむ、感じぬのかの?全身舐め回されているか氷でも押し付けられとるような感じがするのじゃが」


「ん~?確かに不快っちゃ不快だが、そこまではっきりとは…獣人は穢れに強い分その辺り鈍感って聞いてたがなぁ…」


 まぁセルカだしな、という一言でアレックスが片付けているがカルンら三人は納得したように首を縦に振っている。しかしマッケンら他のハンターはよくわかっていない様で首を傾げていた。

 そして全身舐め回され云々のくだりでカルンとマッケンらのパーティの青年が反応していたので、後でちょっとからかってやろうと悪戯心が湧いてきた。もちろんカルンだけだが。


「しかし、妙じゃの」


「妙?」


「んむ、気配としては大本に近づいて強くなってはおるのじゃが…魔物の数が少なすぎる。仮に発生源じゃとして、魔物が増えるのであれば道理じゃが、減っておるのは奇妙じゃ」


「確かに出てくる数は減っていってるな。素直に考えりゃ発生させる力が弱まってるとも考えられるが」


「そうじゃと良いのじゃが」


 マナの流れは言うなれば空気と一緒だ。遮蔽物があれば簡単に止まってしまうし、地面や草木に吸収されるのも非常にゆっくりとしたペースだ。それ故、吸収されきれなかった穢れたマナが一所に集まり魔獣や魔物などが発生するのだが。

 なので、魔物の発生源かはともかく強く穢れたマナをまき散らしてる何か(・・・)に近づいていることだけは確かだ。


 ようやく裏まで周り、この屋敷が凹字型だったいうのが分かる辺りになってようやく、先ほどの舐めまわされるような感覚を他の者も感じ取ったのか、確かに何とも言えぬ感覚ではあるがそこまでか?と思うほど全員不快感に顔を歪めていた。

 さらに歩き凹のくぼんだ位置に当たる場所が目に入ると、そこは以前は綺麗な庭園だったのであろう規則正しく植えられていた生け垣や樹木、花壇の花々は枯れ腐り落ち、何か黒いねばねばしたものが張り付いていた。

 そして中央には噴水だったものであろう、辛うじて形状は保っているが水の代わりにごぽごぽと沸騰するかのように沸き立つ粘性の低いコールタールの様なものが湧き出しており、零れ落ちた真っ黒な液体からは湧き出る様にして魔物が生まれている。しかしそやつらはこちらを無視するかのようにどこぞへと去って行く。その方向を見れば、屋敷の周りを囲む防壁が外側から内に向かって崩れていた。


「なるほど、ここで生まれてあの壁から外に出ておった様じゃのぉ…」


「うげっ」


 誰のかわからぬがうめき声が聞こえたので振り返ればワシだけが噴水に近づいていたようで、他の者はみな離れて数人に到っては吐いている始末。確かに噴水から湧き出るその真っ黒な粘液からは絶えず人の腕の様なものが伸びており、まるで噴水を抱えるかのように表れては消えていく様は吐き気を催すと形容するに相応しいが、実際に吐くほどだろうかと首を傾げていると顔面蒼白のマッケンがこっちに来いと手招きしている。


「マッケンやどうしたのじゃ?顔色が悪いが…」


「獣人が穢れに強いのは知ってたが、まさかここまでとは…。すまないが俺たちはこれ以上に近づくのは無理だ。悪いがあの噴水に近づけるようならもっと近づいて見てきてはくれないか…?幸い出てきたばかりの魔物はこっちに気づいてない様だし、生まれるまでの間隔も長いみたいだ」


「ふむ、さっきの距離でも肌を撫でる感覚が気持ち悪いだけじゃからの、まかせておくのじゃ」


「頼む」


 駆け寄ったワシにそう伝え一言残すとよろよろと離れ力なくへたり込む…よほど堪えたようだ、他の者も似たようなもので酷いありさまだった。


「急いだほうが良さそうじゃの」


 なるべく急いでそれでいて慎重に近づいて噴水からあふれた黒い液体がもう少しで足元にまで届くというところまで近づくが、それでも湧き出てきたばかりの魔物はこちらを一瞥さえせずに壁の崩壊した部分へと向かって行く。


「ふむ、これ以上近づくのも無理そうじゃし、なんぞわかるものでもないの…」


 びちゃびちゃと全身に叩き付けられる不快感に顔をしかめつつ魔手にマナを籠めていく。


「なんぞあってもかなわん、一撃で破壊するほかなかろうの」


 幸い道中たんまりと魔物どもからマナを喰っている、お返しとばかりにそれらすべてを爪へと集中させ腕を振り上げる。


「『ドラゴンファング』!」


 裂帛の声と共に腕を振り下ろせば、嘆くような声と共に噴水は一瞬で消滅し、その余波で袈裟懸けに屋敷も半分から断ち切られる。それと同時にびちゃびちゃと叩き付けるようだった不快感も、壁に空いた大穴から街へ入った時の様な軽い不快感へと変わる。


「成功のようじゃの」


 その後も気を緩めず暫く待っていたがボス戦と言う事も無く、魔物や黒い水が再び湧き出ることもなかったので皆の下へと戻ることにした。


「すまんの、原因はわからんかったのじゃ」


「あ…あぁ、かなり楽になったから原因は消し飛ばしちまったんだろう、それで十分すぎるほどだ。しかし…」


 マッケンは一度言葉を切り二つに分割された屋敷をちらりと見る。


「まさか街云々が冗談じゃなかったとは…」


「ふふん、ワシがちょっと本気を出せばこんなものよ!」


 ドヤ顔で胸を張ってみるが、まだ気分がすぐれぬ者も居るようだしさっさと撤収したほうがいいだろう。


「マッケンや、西の門の外は特に障害物などはなかったかの?」


「ん?あぁ、そうだな。普通に移動する分には問題なかったぞ?それがどうした」


「いやの、東の方は瓦礫が多くて歩くには不便での、その様子なら多少魔物が多くとも西の方から出た方が楽じゃと思うての」


「なるほどな、ここからの脱出はあそこの崩れたところからでいいか?門の前には確実に魔物が溜まってるだろうしな」


 その言葉に防壁が崩れた箇所を見れば、見える限りでは魔物の姿は無さそうだった。


「そうじゃの、それが良さそうじゃ」


 マッケンが未だへたり込む者に魔法使いを優先して肩を貸すように指示を出しつつ移動し始める。幸いワシらのパーティの方はシアンら女性四人組があんぐりしている程度で自力で動けないものは居なかった。


「それでは帰るかの」


 その一言にようやく我を取り戻したシアンらと共に、結局詳しい原因はわからず仕舞いだったが一先ずの脅威は去ったとして帰路に就くのだった。



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