791手間
目まぐるしく天と地が入れ替わる、かなりの衝撃だったのか地面とほぼ平行にワシは吹っ飛んでおり、このままではあの男よりも派手にバウンドしていしまうと地面に叩き付けられる直前、かなり腰を落としたクラウチングスタートの様な格好を取り地面を削りつつ勢いを殺す。
「スズリや! 無事かえ?」
ワシはちょっとビックリしただけで掠り傷一つ負ってはいない、相当の衝撃波を食らったのだろう鎧の前面が幾らかひしゃげているがそれだけだ。
だからまず最初に心配するのはワシの尻尾に隠れているスズリの事、立ち上がり慌てて声をかければ「キュッ」と元気な返事がワシの尻尾の中から返ってきた、その声からはやせ我慢などでは無くワシと同様何の痛痒も感じていないことが分かりほっと胸をなでおろす。
「何をしたか分からんが……アレをクリスに向けさせるのだけは止めねば」
形状から破城槌だとあたりを付けたが、まさかバリスタの様な射撃武器の類だったとは、射程距離がどれ程あるか分からないが、食らった時にあれ程衝撃があるのだ最低でもそれが自軍に当たらない程度の射程はあるだろう。
何にせよ急がなければクリスが危ない、変な方向に弾き飛ばされたのだろう、ワシの居る場所からは丘に遮られクリスも敵も視界に捉えられない。
幸い腰に佩いている刀は外れておらず、ちらりと見た限り曲がっても居ない。ふっと息を吐くと巨大なハンマーで地面を叩いたかのような音を響かせて、地面の上を滑るように丘を駆けのぼり敵軍が視界に入ると同時、回頭しつつある魔導槍とやらのすぐ傍まで縮地で移動する。
「こんな危ないものは、こうじゃ!」
突然のワシの登場に敵兵らが驚くよりも早く、魔導槍の土台の下に手を入れすくい上げる様に背後へと放り投げる。
魔導槍はひっついていた兵ごと積み木のおもちゃの様に高く宙を舞い、哀れにも途中で手を放してしまった兵はそのまま地面へと落下し、ゴシャリと耳障りな音を立てある者はそのままピクリとも動かなくなりある者はのたうち回ることも出来ずうめき声をあげるだけになる。
しかし最も哀れなのは最後まで手を放さなかった根性ある兵たちだろう、落下した魔導槍の下敷きとなり語るも悍ましいことになってしまった。
「あと三機じゃったかな」
クリスに向けて撃とうとしているのだろう、残りの魔導槍は無防備にも敵陣から突出しており探すまでもなく見つかった、まずはワシから見て一番手前のモノに肉薄すると刀を抜き放ちながら穂先を根元から切り落とし、体を捻りつつ今度は薪を割る様に残った胴体を縦に切り裂いて、崩れ落ちるのを見届けることなく次の魔導槍へと縮地する。
三機目の魔導槍は周囲の兵ごと横一文字に刀を煌かせる、そこでふとこれは一つは奪取して魔導具の研究してる所に送るのが良いのではないだろうかと閃いた。
なればと四機目の魔導槍の上を飛び越えながら、土台と魔導槍を固定している軸を切り着地するとすぐに身をひるがえし、自由の身となった魔導槍を小脇に抱え敵陣から自陣の方へと跳び退る。
「そうじゃ! この魔導槍とやらを貰う代わりに、おぬしらにはこれをくれてやろう」
ほんの僅かの間に魔導槍四機が失われる、その事態に呆気にとられ跳び退り地面へと着地したワシが己らに魔導槍の穂先を向けているという事に気付き、唖然としていた表情を一瞬にして恐怖へと塗り替える。
ワシが何をしようか理解した瞬間、今まで碌に動けていなかったのが嘘だったかのように転がる様に、実際何人か転げながら、ワシから距離を取ろうと恥も外聞も捨て敵兵が駆け出してゆく。
ワシは魔導槍を肩に担ぎ直すと軽くマナを込める、すると次の瞬間、魔導槍の穂先から凄まじい炸裂音と共に放射状に幾条もの閃光が煌き、逃げまどう敵兵を蹂躙するのだった……。




