782手間
駆ける馬の背の上から丘陵に佇む砦の姿が見えた、五メートルほどの高さの塀に囲まれたその中からは怒号と金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。
「フレデリックや、あれの中から剣戟の音が聞こえるのじゃ」
「分かりましたセルカ様。急ぐぞ!」
フレデリックの馬に並走しつつ叫べば、フレデリックはこちらを見ることなく返事をすると騎士たちに号令を出して更に加速する。
「近衛騎士団団長フレデリックである、開門! 開門!!」
ワシらの進む先にある門に向けフレデリックが叫ぶが反応がない、やはり戦闘中故こちらまで手が回って無いのだろう。
「左手にもう一つ門があります、そちらへ向かいましょう」
門が開かぬと見るや、フレデリックが馬の速度を緩めつつ提案する。
「分かったのじゃ、おぬしらはそちらから周るのじゃ、ワシはこのまま向かう」
「セルカ様!?」
フレデリックが何事か叫ぶがそれより先に馬の背を蹴る、騎士たちの馬に轢かれぬ程度に離れた場所にひらりと着地すると腰に佩いた刀を抜き放ちながら跳躍し、塀を一度で越える。
「ぬぅ、これは危ないの」
塀の倍ほど飛び上がったワシは上から状況を確認し一人ごちる、一方的とまではいわないが神国側の兵や騎士たちが押し込まれている。
押しているのは大部分が革で、胸や小手などの重要な部分だけをカード状の金属札を繋ぎ合わせた装甲で覆った見たことも無い鎧を着こみ、円盾とロングソードで武装した兵たち。
明らかにこちらの者ではないという格好はありがたい、瞬時に戦況を判断すると縮地で手近な敵兵の背後へと降り立つと、スパンと首を落し血が噴き出るよりも早く次の者へと地面を滑るように駆け、袈裟懸けに切り抜き崩れ落ちるのを見ることなくまた次の者へと間合いを詰める。
「な、なんだ!」
「どっから来やがった!」
「遅い、遅すぎるのじゃ!」
七名ほど斬り捨てた所でようやく彼らも異変に気付き、ワシを先に倒さねばとワシに敵兵が殺到するが遅きに失する。
ワシの方が脅威と判断したのは正しいがワシを気にすれば騎士たちに、騎士たちを気にすればワシに
途中から数えるのを止めたのでどれほど斬り捨てたかは分からないが、ただ一つ言えるのは敵兵は皆ワシに一撃どころか剣を振り下ろすことすらできず、一兵残らず地に伏すこととなった。
「さて、これで入り込んだ敵は全部かの」
周囲を見回し敵が居ない事を確かめると刀を鞘に納め、改めて砦の中を観察する。
休憩中だったのか鎧を着てない者が何名か重傷を負ったりなどしているが、流石精強なと言われるだけあってか、ざっと見た限りこちら側に死者はいないようだ。
「セルカ様ご無事ですか!」
「遅かったのぉフレデリック」
「申し訳ございません、外周に居た敵兵と戦闘になりまして」
「む、そうじゃったか。そちらは大事無いのかえ?」
「はい、全て歩兵でしたので、我ら騎兵の敵ではありません」
高低差があるとはいえ殆ど障害物が無い丘陵、そこで何の用意もしていない歩兵が騎兵に当たるなど敵ながら同情してしまうと己の所業を棚に上げ、胸を張るフレデリックに肩を竦めるのだった……。




