775手間
ドンドンドン、ドンドンドンとマナーも何もあったものじゃない、もはやノックというよりもドアを叩いているという音にアニスが訝しみながらも少しだけドアを開け誰何する。
「クリストファー様、至急お耳に入れたいことがあるから、と」
「分かった入ってもらえ」
クリスが入室の許可を出すと再びアニスがドアに向かい今度は完全に開き、そこから待ってましたと大股で部屋に入ってきたのは身軽そうな体型に、同じく身軽そうな革鎧に身を包んだ男の姿。
彼は剣を佩いてはいないが、ソファーに座るクリスの横、剣の間合いよりやや遠い所で跪き頭を垂れる。
「王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「挨拶は良い、至急の話と言ったな?」
「はっ、ですが……御身の傍に寄ることをお許しいただきたく」
「許可しよう」
クリスが短く許可を出すと男はスススッと音もなくクリスの傍に寄り耳打ちすると、またもや音もなく先ほど跪いていた場所に戻りまるで焼き直しかの様に同じ体勢になる。
「すまないが、私はこれで失礼する」
「ははっ、この度は――」
「よい。それじゃあセルカ行こうか」
「んむ、続きはまたの機会にでもの」
「私ども一同、王太子殿下と座下の再びのご来訪、心よりお待ちしております」
クリスは立ち上がり教師たちが何か言い募ろうとするのを手で止めると、優し気な口調でワシを呼びその手を伸ばす。
ワシはクリスの手を取って立ち上がり一言声をかけ、平服する教師たちを背に部屋を辞す、そして不審に思われない程度の早足で馬車向かい乗り込むと、伝言を伝えに来た男も一緒に乗せて馬車が走り出す。
「神都に戻る様にとの事だったが、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「は、殿下。過日ジュデッカ侯爵領の南端に接している小国群の一つが、ジュデッカ侯爵領に攻め込んできたとの情報が」
「なに?」
「ジュデッカ侯爵領?」
クリスは攻め込まれたという事実に驚き、ワシははてどっかで聞いたような名前の領地だなと首を傾げる。
「場所などどうでも良いか、しかし戦じゃと? この時期に?」
「セルカ、何か気になることが?」
「当然じゃろう、戦とは目的が何であれ勝てると思うからやる訳じゃし、首を絞められてやむなくという事もあるじゃろうが……この国で小国群の扱いはどうなっておるのじゃ?」
「友好的な所には食料なんかの支援をしているけど、中立や反抗的な所には何も手を出してないよ、多少様子を見るくらいじゃないかな」
「ふむ、してその攻め込んできた所はどういうスタンスなんじゃ?」
「それにつきましては私が」
伝令の男が言うには攻め込んできた所は神国に対して中立だったらしい、らしいと言うのも小国群は神国と王国、二つの大国に挟まれた狭い土地で押し合いへし合いさながら戦国時代の様相を呈しており、盛者必衰、国が興っては滅び下剋上しては下剋上されと常に情勢が変化している為に詳しい所は分からないという。
要は今まで大人しく従順だったところがある日突然、触れるものすべてに喧嘩売るような無頼漢になっていてもおかしくないという訳だ。
「ふむ、まぁよい。攻め入って来るのであれば相手が何であれ身の程を教えるだけじゃ」
「え? セルカまさか前線に行くつもりかい?」
「当然じゃろう、ワシが出れば瞬時に戦は終わるじゃろうて、そうすれば民も兵も被害が少なくて済むじゃろう?」
ワシがふんぞり返ってそう言うとクリスは頭を抱え「それはそうだけど」と深いため息と共にぼそりと呟くのだった……。




