748手間
肺の中の空気を全部抜くほどに息を吐く陛下を、クリスが横目で頬を掻きながら見ている。
「父上がここまで動揺するの初めて見たよ」
「まぁ、ワシがさして今まで何が出来ると、事細かには言うておらんかったしの」
「それで、セルカはその力を無暗に人に向けるつもりは無いんだね?」
「うむ、無論じゃ。見ての通り、軽く攻撃しただけでこの威力じゃしな。それに今しておる様に袖を捲るか、そも袖の無い服でもないと破けてしまうからのぉ」
「約束してくれる? 無暗にその力を使わないって」
「うむうむ、約束するのじゃ」
首を傾げて聞いてくるクリスに、ワシは胸を張って約束すると豪語する。
最近は魔手の威力が向上し過ぎて使い勝手が悪くなり、そも刀と狐火があれば大概は事足りるのでわざわざクリスが約束をしなくとも、ほとんど使うことは無いだろうが……。
「父上……」
「あぁ、分かっている。味方であるならばこれ程頼もしい事は無い、無暗に振るわないのもそうだが……我々の為に、国の為にその力使ってくれるか?」
「んむ、それが私利私欲、道義にもとることでなければの」
世の為、人の為になるのならば喜んで使おうと腰に手を当て胸を張る。
そんなワシを見て安心したのだろう、ようやく陛下の顔色から重々しい雰囲気が消え普段の堂々とした様子へと戻る。
「しかしセルカよ、これほどの事が出来るのならば何故千匹の豚鬼を屠るときに使わなかったのだ?」
「何でと言われたら理由は一つじゃ、……地味じゃろ?」
「地……味……?」
「それに狐火の方が微調整がしやすいでのぉ、それにやっぱり派手な方が警戒するじゃろ?」
「なるほど……示威というわけか」
「んむ、達人の技は達人にしか分からぬという奴じゃな」
何かわから無い攻撃を受けて消滅したよりも、大爆発で吹き飛んだ方が誰だって警戒するしそれが長続きする。
特に魔物のような殆ど動物的なモノたちの場合は、そのような事があった付近にはよほどのことが無い限り再び近寄ることは無いだろう。
「あの、お嬢様……一つよろしいでしょうか?」
「む? どうしたのじゃアニス」
「いえ、その……地面はどうされるのかと思いまして……」
アニスの言わんとしてることがいまいち掴めず首を傾げていると、おずおずとアニスが手で指し示す方を見れば深々と抉られた地面。
それでもしばらくどういう事かと考えていたが次の瞬間、ワシとフレデリックは「あっ」と二人同時にしかし含まれる感情は全く違うであろう声が漏れ、ワシは天を仰ぐのだった……。




