747手間
ふっふんと鼻を鳴らしふんぞり返っていると、やはり一度見ていたからか一番最初にフレデリックが我に返り恐る恐るといった様子でワシに話しかけてくる。
「セルカ様、今のがその腕の力なのですか?」
「うむ、爪で引っ掻いておるのを飛ばしておるだけじゃがの。これを防ぐには斬撃に乗せたマナの量を大幅に上回っておらねば良くて致命傷、大抵は今の様に消滅するだけじゃ」
「な、なるほど? しかし、巨大な爪で引っ掻かれたような痕跡ですが、何かで削られたというよりも掻き消えたように見えたのですが」
「んむ、その通りじゃ。消しておるというよりも、ものすごく細かくかみ砕いておる様なものじゃがの、厳密に言えばそれもちと違うのじゃが。よく分からんようならば、切れぬ物は存在せぬと思っておればよい」
「切れぬモノはない……それは鉄でも、ですか」
「うむ、もちろんじゃ。前に言うたであろう? ワシはあらゆるモノの天敵じゃとな」
フレデリックはちらりと的があった場所を見やり、ごくりと少し離れた場所にいるワシに聞こえるほど喉を鳴らし唾を飲みこんで、重いモノでも吐き出すように言葉を紡ぐので、ワシは悪戯が成功したかのようにニヤリと口角を上げまたも胸を張る。
「セルカ、本当に今の攻撃は防ぐ、いや……せめて被害を減らす手立ては無いのか?」
「うむ、先ほども言うたがワシがあの斬撃に込めたマナを、大幅に、上回らなければ防ぐことは不可能じゃ。あの斬撃に喰い尽くされぬ程のマナが無ければの」
次に口を開いたのは陛下、しかしその声音はまるで巨大な怪獣とでも相対したような絶望感に満ち満ちた弱々しい声だった。
厳密に言えば防ぐのではなく『ドラゴンファング』に乗せたマナには限りがあるので、それが尽きるまで防壁か何かにマナを注ぎ込めればいい、要は腹いっぱいにさせてお帰り願うわけだ。
ただワシの攻撃を防ぎ切るだけのマナを注ぎ込めるとなると通常の防壁や盾などは言わずもがな、ミスリルですら一瞬で溶けだすほどの量が必要になるだろう、となると後はワシの狐火の様に非物質による防壁を展開でも出来ない限りは防ぐことは不可能。
「今やったのでいい、アレを防ぐにはどれ程のマナが必要だ」
「ふぅむ、そうさのぉ……」
陛下の疑問に魔手の人差し指と親指で顎を挟み首を傾げて、さてどれくらいかと試算する。
「うぅむ、そうじゃな、街一つ潰して瞬きで半ばほどまで閉じるぐらいの間は、運が良ければ押しとどめれるやもしれんの」
「それは防げるとは言わないのではないか?」
「うむ、理論上可能という奴じゃな。しかもワシはそれを三日三晩くらいならば、間断なく使えると思うのじゃ。それにその理論で防げるのはさっき見せた飛ぶ斬撃だけじゃ、ワシのこの魔手そのものでの攻撃に防ぐ手立ては皆無。投げた石には力は込めれんが、握りしめた石にはいくらでも力が込めれるからの」
「……我々にその力揮われぬことを願うばかりだ」
「ワシも大量虐殺する趣味は持ち合わせておらんでの、それに先の王国との戦での死者数を見れば、一先ず安心できるんではないかの?」
「あぁ……そういえばそうだったな。しかし、一先ず……か」
「うむ、人工宝珠などという邪法に手を染めなければの」
「法と神王教の戒律、その両方から未来永劫、禁忌として扱わせよう……」
「うむ、その言葉、努々忘れるでないぞ?」
ワシとのやり取りで少し老けた気がする陛下を、ふんぞり返るでも無しニヤリとするでもなし、真正面からじっと無表情で見つめ、重々しい口調で釘をさすのだった……。




